第10話 一方その頃エルフの里では~その3~


 エルフの里の農作エリアで俺──ミルドルドは複数の人間の商人たちの案内を行っていた。


「どうです、ご覧の通り。今回は豊作なんですよ」


 畑に一部の隙間もなく果物や野菜が生えている光景を見て、その商人たちはみな一様に驚きの声を上げた。きっと宝の山に見えるに違いない。エルフの里の農作物はどれもが一級品と名高く、人間の市場では高値で取引されるのだ。


「なんとなんと、これは素晴らしい実りですな」


「そうでしょうそうでしょう。今回は私、筆頭守護者ミルドルド自らが指揮を取り畑の管理改革を行いましたからね、その成果がこのようにして出たわけです」


 ラナテュールを追放してから1週間、俺の指示のもとに植えられた野菜や果物はしっかりと育ち収穫の時期を迎えた。

 

 やはり、正しかったのは俺なのだ。前里長やアウロラの評価は間違っていた。あの無能なラナテュールにはできなかったことの1つを、俺はいま成し遂げているのだから。


「さすがは敏腕と名高いミルドルド様ですなぁ。いやはや、なんとも見事な手腕! 御見それしました」


 商人たちがおべっかを使ってくる。それがこれからの交渉を上手く運ぶためのお世辞であるとは充分に理解しているものの、こういった称賛の目が俺に向けられるのは久しく、隠しきれない喜びが少し顔に出てしまう。人間というものは等しく愚かな者であることは間違いないが、しかしそれに褒め称えられる分には気持ちが良いものだ。


 まぁ、少しくらいは商人たちの策略に乗ってやるのも悪くないな。


「まあ? こういう現状ですのでね。ご贔屓ひいきにしていただいているあなた方には、いつもよりかなり低めの価格でお譲りしようかと思っています。だいたいそうですね……それぞれこれくらいを想定しています」


「おおっ、なんと! これは嬉しいですなぁ! いやぁ、本当によろしいので?」


「ええ。その代わりと言ってはなんですが、これからも安定した取引をしてもらえればと」


「それはもちろんですとも。ハハハッ!」


 そしてこの日エルフの里に招いた商人たちとの取引は順調に進み、いつもの3倍近い売り上げが里へと入ることになった。

 

 俺はさっそく執務室へと向かい、シーガルへと報告をする。

 

「ご苦労だったな。それにしても3倍か……ククククク、順調だな」


「まだですよ里長。これからも利益はどんどん増え続けますから」


 なぜなら今回の収穫物はいままで使用してきた畑で3倍の作物を育てた結果であり、これまでラナテュールが『マナがどうのこうの』などと狂言じみたことを言って休ませていた畑はこれから稼働させていくところだからだ。

 

「このままいけば里はいままでにない経済的発展を見せるでしょう」


「うむ。すると必然的に里長である私と筆頭守護者であるミルドルドくんには自由に使える里の予算として莫大な金額を任されるわけだ。ククク……南の森の湖のほとりに別荘を建てる計画を早めるべきだな、これは」


「里長、ずいぶんと悪い顔をなさっていますよ?」


「フッ、君だってそうだろう、ミルドルドくん。そろそろ大金の使い道が決まったころじゃないかね?」


 シーガルと俺が2人でほくそ笑んでいると、その場の空気をまったく読まないコンコンコンというノックの音が響く。


「誰だ?」


「アウロラです」


 ドアの向こうからの返答に、俺はついつい小さく舌打ちをしてしまう。


「……しばらくは俺の前に顔を見せるなと言ったハズだが? まさか、いまさら手のひらを返して俺を称賛したくなって来たのか?」


「違います。訊ねたいことがあったのです」


 ガチャリ、とアウロラがドアを開けて入ってくる。


「チッ。入室の許可を出した覚えはないぞ」


「里の外周にあったラナテュールの植えた木をどうしたのです? 引き抜いた跡がありましたが。場所を移動させたのですか?」


 アウロラはこちらの言葉などまるで無視して自分の言いたいことだけ言い始める。それは我が婚約者ながらすさまじく粗暴な態度だ。これがこのエルフの里で聖女として崇められる唯一の存在だとは信じられない。


 しかしまったく、その姿を見ているだけでいまは無性に腹が立つ。せっかく良い気分だったというのに……。俺だけこんなにイライラさせられるのは不公平というものだ。なにかやり返してやりたいが……ああ、そうだ。


「木というのはあれか? あのカブの実のように不格好な木のことか?」


「そうです。ラナテュールが大事に管理していたその木のことです」


「あれならなぁ、もう燃やしてしまったよ。邪魔だったからな」


 フフンッと鼻で笑いながら言ってやる。こちらの思惑通り、アウロラは目を見開いたかと思うと怒りに顔を赤くした。ハハッ、ざまぁ見ろ。


「あ、あなたたちは……なんてことを……っ!」


「なんてこともなにも、あんな木あるだけみっともないだろう。変人ラナテュールが植えただけのことはある不細工さだ」


「あなたたちはあの木が果たしていた役割を知らないのですかっ⁉」


「役割?」


 俺はシーガルの方を見るが、しかし彼もまたなんのことを言っているのか分からないとジェスチャーで返してきた。


 アウロラが大きなため息を吐いた。


「あの木には森のモンスターが嫌がる魔力を発生させる効果があるんです。その効果をラナテュールのマナの力で大きくして、さながら結界のように里を囲っていたというのに……!」


「まーたマナの話かっ! いい加減にしつこいぞアウロラッ!」


 本当に、頭痛がしてくるというものだ。アウロラは毎度毎度、口を開けばラナテュールがどうだマナがどうだとそればかり。婚約者がこんなのでは俺がノイローゼになってしまう。

 

「出ていけアウロラ。俺はもうお前と口を利きたくない」


「ミルドルドッ! いい加減するのはあなたの方──」


「出ていけと言ったのだッ!」


 俺はアウロラの腕を無理やりに引っ張ると、執務室の外へと放り出してドアを閉めた。

 

「……君も大変だねぇ、ミルドルドくん」


「お恥ずかしいところをお見せしました、里長」


 しかし、それでもまだこの時は気分が良い方だったと、後から考えればそう思う。なにせこの時は、これまで見たこともないような大金がこの手に入るのだという理想が現実に取って代わる確信があったからだ。

 

 ──そんな理想のほころびが少しずつ俺たちに忍び寄って来ているとはつゆ知らず。


 それはその日から3日後の出来事だった。この前取引を行った商人たちが血相を変えてエルフの里にやってきて、俺を呼び出せと叫び散らかしたのは。


「えっと、みなさん? いったいどうしたので?」


「どうしたもこうしたもあるものかっ!」


 商人たちが突き出してきたのは野菜や果物。この前エルフの里で買っていった農作物だ。


「いったいなんだこのクソ不味まずい野菜や果物はッ! 騙したなッ⁉」


 商人たちのその言葉に、俺は「はっ?」と目を丸くするしかなかった。

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