第4話 一方その頃エルフの里では~その2~

 低い声を出して、アウロラがキッとした目でにらみつけてきた。


「私にはラーナを追放したあなたたちの方が、正気とは思えませんがね」


「なんだと?」


 俺たちの方が正気じゃないだと? それになぜ俺がこの女ににらまれなければいけないのだ。俺はお前の婚約者だぞ?

 

「アイツは300年も生きてきて自然の力マナなんていう想像上のエネルギーを未だに信じてやがる。それがイカレてなくてなんだっていうんだ?」


「イカレてないなら、マナが本当に存在するということです。この世には魔術以外にだっていくつも不思議な力はあります。私が森の動物たちと心を通わせることができるのだって、そのうちの1つではないですか」


「フンっ! 仮にそんな力があるとしたなら、ラナテュールはなにかしらの功績を残しているはずだ。ヤツが筆頭守護者になってからなにか成果を上げたか? なにも無いではないか!」


 アウロラは一向に怯んだ様子もない。それどころか疲れたように首を横に振る。


「少し頭を働かせれば誰にでも分かることですよ。ラーナが筆頭守護者になってからの200年間で飢饉ききんや自然災害、モンスターの襲来などの事件がありましたか? それがまったく無かったということが彼女の力を証明しているではありませんか」


「……なにが言いたい?」


「これまでの200年の平和こそが、ラーナの上げた功績だと言っているのです」


「ハッ! 詭弁きべんだな。ヤツは単になににも挑戦してこなかったから目立つ失敗も無かったというだけだろう。飢饉や自然災害やモンスターの襲来が無かったのだってただの偶然に違いない。確率論ならあり得る話だ」


「……はぁ」


 アウロラがため息を吐いた。まるで俺に呆れたように。


「そんな狭い視野だから、私の父──前里長はあなたを筆頭守護者に選ばなかったのです」


 その言葉に、俺の頭の中でブチンとなにかが切れる音がした。


「この……! クソアマがッ!」


「キャッ!」


 俺はアウロラの顔を思いっきり殴りつけた。

 

 当然の報いだ。コイツは言ってはならないことを言ったのだから。

 

「俺が筆頭守護者に選ばれなかったのはなぁ、お前の父親が不平等なエルフだったからだ! 純粋な力や頭の良さなら俺の方が上だったのに、お前の父親は自分の趣味嗜好でハーフエルフであるラナテュールを筆頭守護者に選んだんだ! ……おいっ、聞いているのかっ!」


 床にうずくまったままのアウロラの髪を引っ張り上げて俺の方に向かせる。その目は未だに反抗的なままだ。ああ、腹が立つ。


「だいたい、お前は自分の立場を少しは理解した方がいい。俺がお前を婚約者のままにしておいてやっているのはなぁ、新しくシーガル里長が率いるこの里がお前の父が率いていた時代の里の正当な後継であることを内外に示すためだ。お前自体に価値があるわけじゃない!」


「……ふん」


 まだ反抗するか、チクショウめ。もう1発殴ってやろうかと思ったが、


「やめておきなさい、ミルドルド筆頭守護者」


 それはシーガルによって止められる。

 

「婚約者の顔に傷があるのは外聞がよくないだろう」


「……それもそうですね。取り乱しました。申し訳ございません」


 そうだ、冷静になれ、俺。こんなクソ女に構っている時間は俺にはないのだ。

 

「アウロラ、しばらく俺の前に顔を見せるな。その顔の傷は自分で転んだことにしておけ。分かったな? 分かったら出ていけ、いますぐに」


 アウロラは俺から顔を背けると、なにも言わずに部屋を後にした。その態度はムカつくが、しかしアイツに怒りを向けるのは無駄な時間だ。


「シーガル里長、身内のゴタゴタをお見せして大変失礼いたしました」


「いやいや、気にしていないとも。君も大変だな」


「ご寛容なお言葉、ありがとうございます。それでは政策についての話を続けましょう」


 そうして、シーガルと俺が里を率いる時代となった最初の夜が更けていった。

 

 

 

~ 一方のアウロラは ~


 エルフの里長に与えられるその執務室から出ると、私は早足でその場を後にして外へ行く。殴られた頬がズキズキと痛む。でも、そんなのは大したことではない。

 

「ごめんね……ごめんね、ラーナ……」


 これまでどれだけ他のエルフたちに『ハーフエルフだから』なんて勝手な理由だけで避けられても、一心に里に尽くしてきたというのに、この里はたったひと晩であなたを裏切った。それがどれだけあなたにとってショックなことだったか、想像は難しくない。


「せめて私だけでもあなたの側に居てあげられたら……でも、ごめんなさい。私にはあなたの後を追ってこの里を出ることはできないわ」


 これでも私は前里長の娘。それならば、新たな里長であるシーガルたちによってこの里がめちゃくちゃにされないように監視しなければならない義務がある。


「でも、だからってこのままずっとあなたと離れ離れなんて、私には耐えられない。だって、だって……私は誰よりもあなたのことを愛してしまっているんだから」


 女同士だからと、これまで素直な思いを伝えることはできなかった。でもずっと側に居たくて、だから親友としていままで接してきたのだ。

 

 家柄上、仕方なくミルドルドと婚約を結ぶ羽目になったときは絶望したけれど、向こうも私のことを女としては見ず、政治的に利用価値のあるエルフだという程度にしか認識していないのは助かった。

 

「でも、もうそんな建前も要らないわ。ラーナ、今度こそあなたに私の本当に気持ちを伝える。そしていっしょにこの里を乗っ取ってしまいましょう。シーガルたちには任せておけないもの」


 私は里の端まで行くと、指笛を吹く。すると、一羽のたかが私の元へとやってきた。

 

「ごめんね、カイト。夜遅くに呼び出して」


〔ギャワっ〕


 私がカイトと名づけた友達のその鷹は、問題ないと羽を広げた。


「カイト、お願いがあるの。ラーナを見つけて来て」


〔ギャワっ!〕


「たぶんこの近くにはいないから……きっと長旅になると思うわ。こんなことを頼んでしまってごめんなさい」


〔ギャワギャワ!〕


 カイトは任せておけと私に伝えると、そのまま空高く飛び去っていく。私は本当にいい友達をもった。カイトが戻ってきたらウンと優しくしてあげよう。

 

「どうか無事にラーナが見つかりますように」


 そう、私は天の星へと祈った。




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