第3話 一方その頃エルフの里では~その1~

 ラナテュールを追放したその日の夜。俺──新しくエルフの里の筆頭守護者に任命されたミルドルドは、里長の執務室へとやってきていた。

 

「ふぅ……」


「はっはっはっ、ミルドルドくん。いまから疲れていてもらっちゃ困るよ?」


 執務室の一番上等な椅子を回転させて、そこに座っていた里長──シーガルがこちらを向いた。

 

「いいえ疲れているわけではありませんよ里長。スッキリした気分に浸っていただけです」


「そうか、それならよかった。ようやく前里長派の邪魔者がすべて居なくなったからな」


「つまり、これで完全に私たちの時代になったというわけですな」


 いまはこの部屋に2人、他に誰も話を聞く者はいない。シーガルと俺はなんとも良い気分で笑い合った。

 

「前里長はあまりにも欲がない男だった。もっとリーダーシップを発揮して政策を行っていればこの里はもっと発展していたというのに」


「きっとあまりにも無知で、欲があってもその解消の仕方が分からなかったのでしょう。彼の時代は実に無駄が多かった。200年前、筆頭守護者に無能のラナテュールを指名したのは特にいただけない」


「ああ、本当にそうだ。前里長が私にその座を譲ったあとも『どうしてもラナテュールは筆頭守護者の座に留めてくれ』なんて頼んでくるから、ヤツが生きている間はそのままにしておいてやったが、なんともウザったい女だったな」


「まったくです。私たちのやろうとすることすべてに反対を押し付けてきて。いっそのこと殺してやりたい気分でした」


「フン、我々がわざわざ手をくだす必要などないさ」


 シーガルがあくどい笑みを浮かべる。


「ヤツは多種多様な危険モンスターが生息しているといわれる南の島へと転送してやった。いまごろは良質なエサとなっている頃だろう」


「確かに。ただヤツは瘦せこけたガキのような体格ですから。俺はもしかしたらモンスターたちがヤツを肉としての価値すらないと放置するんじゃないかと心配ですね」


「ならきっといまごろは安心できる住処すみかもない土地で恐怖に震え、眠れぬ夜を過ごしていることだろうよ。そしていつかは勝手に独りで死に絶えて、良い土の肥やしになっているに違いない。どのみち、ヤツにエルフの里の外で生き抜いていけるだけの力があるとは思えんしな」


 そりゃそうだ。里長の言う通り。あんな無能ハーフエルフなかなかお目にかかれるものでもないのだから。

 

 俺とシーガルはひとしきり大笑いする。だいぶラナテュールへの鬱憤うっぷんも晴らせてきた。

 

「さて、今後の方針についてだが……ミルドルド筆頭守護者、君にプランはあるかね?」


「はい。まずは畑の管理方法の改革を行って、作物の生産量をいままでの3倍にしようかと思っています。これまではラナテュールの強い反対によって必要以上の作物を育てられていませんでしたが、それでは無駄が多すぎますから。1度に多くの種を植えた方が1度の収穫で得られる稼ぎだって多いに決まっているのです!」


「うむ。それは私も賛成だ。まったく本当に経済を知らないヤツらだったよ、前里長派の連中たちは。よし、それではミルドルド筆頭守護者が中心となって畑管理改革を推し進めてくれたまえ」


「承知いたしました。あとそれともう1つよろしいでしょうか、里長」


「なんだね?」


「エルフの里の周囲にラナテュールが植えたと思われる謎の木がいくつか生えているのです」


「謎の木……ああ、もしかしてカブの実のようなずんぐりとした形をしている、あの不細工な木のことか?」


「ええ、それです。エルフの里の外観を損なうので、もし必要がなければこれも切り倒してしまいたいと思うのですが……」


「ずいぶん前に私も同じ提案をしたよ、ラナテュールにな。そしたらどうのこうのと言って反対されたんだ。ああ、思い出したらまた忌々いまいましくなってきた。きっとラナテュールのお気に入りの木かなんかだったのだろう。切り倒してまきにでもしてやればいい」


「ははっ。主人であるラナテュールの後を追わせてやれと、そういうことですね? 承知いたしました」


 ちょうど話にひと区切りがついたとき、コンコンと執務室のドアがノックされた。

 

「入れ」


 シーガルが入室を許可すると、トレイに2つのティーカップを載せた俺の婚約者でありこの里の聖女──アウロラが部屋へと入ってくる。

 

 その目は泣き腫らして赤くなっていた。

 

「おい、遅いぞアウロラ。もうひと通りの話が済んでしまったところだ」


「……申し訳ございません」


 その返事には間があった。反抗的な意思が見える。

 

「まだ不服に思っているのか、アウロラ。俺たちがお前に黙ってラナテュールを追放したことに」


「……」


「俺にはお前が分からんよ、アウロラ。あんなイカレ女と友達付き合いを続けるなんていうのは、自分の格を落とすことなんだぞ?」


「イカレ女……?」


 低い声を出して、アウロラがキッとした目でにらみつけてきた。


「私にはラーナを追放したあなたたちの方が、正気とは思えませんがね」

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