私は千春、君は希春

龍川嵐

夢の中にいる少年は誰だ?

いつものような朝7時半に起きるが、肌に鋭い刺激を受ける。朝は気温が低いために、室内では冷蔵庫のように寒い。寒すぎるので、布団の中に潜る。「千春さーん、早く起きないと遅刻するわ」と父からの呼び声が聞こえた。「はいはい…」と渋々しながら返事して、お着替えをしてから一階へ降りる。リビングに入ったら、ふわっと味噌汁の味噌と出汁の匂いがする。「おはよう、ほら急いで食べて」とエプロンを身につける父が手にご飯と味噌汁をしている。父は個人事業なので、多くの自由の時間を持っている。一方、母は、看護師として働いている。夜勤が沢山あって、忙し過ぎて、家事する時間がない。だから、母の代わりに父が家事をしてくれる。

「朝食はいらない」

「えーなんで?ちゃんと食べないと午前中に体力が持たないよ?」

「大丈夫。もう時間がないのでそろそろ行く」

父が用意してくれた朝食に手を付けず、リュックサックを背に乗せて、出かける。

父のことは嫌いではない。ただ食欲があんまり湧かないから。食欲が湧いていないのは、もう一週間前から始まった。理由は、おそらくあの夢だ。今までは普通の夢だけど、一週間前から変な夢を見るようになった。夢の中に…何度も同じ少年が現れている。しかも、私が動こうと思ったら、そっちも私と同じような動きをしている。ただモノマネ猿だけではなく、知らない少年にずっと付き纏われる。気持ち悪い、気持ち悪過ぎて、目を覚ましてほしいけど、目が覚めることができなかった。なぜなら…寒いから。寒すぎるので、布団から顔を出してほしくない。夢のなかから逃げ出したいけど、現実に戻りたくない、思考が矛盾になっている。矛盾した結果が、朝から不機嫌になる。一週間も続けるのは、マジでうんざりだ。

右を見ても、左を見ても、学生やサラリーマン、でかいリュックを抱える旅行者などが歩く。同じ時間に出発し、同じ道で歩き、同じ時間に電車に乗る。会社や学校に入った人は資本家や先生に支配され、自分自身より収益や社会が求める基準を優先する。社畜になる側、搾取される側が同じ道で全員と一緒に歩くと言う想像するだけで、気持ち悪くなり、吐き気がする。

ちらっとビルの方に眺めると、巨大のガラスに私自身が映っている。しかし、何かの違和感を感じた。私の髪型はロングなのにショート、私の学生服は女性用なのに男性用。あのガラスに映りが悪いかなと思って、近づいてみた。ガラスに映っているのは、私じゃなくて、あの夢に出ている少年だ。すごく似ている。手を動かして、ガラスを触れてみると、彼にも同じようにガラスを触れていた。これは…今夢の中にいるの?じゃあ、さっきの父と朝食は現実ではなく、夢だったか?ああ早く目を覚さないと、遅刻するわ、と気づいて、急いで、家へ戻っていく。映っている彼は、私に追いかけて、ちはるさんの家の方に向かっていく。

「ん?千春さん、どうしたの?忘れ物?」

父に話しかけられたが、何も答えずにすかさず私の部屋に戻る。ベッドに横になり、もう一度寝る。ベッドで寝れば、本当に目を覚ますことができると、どっかに本に書いてあったような気がする。私の記憶を頼りながら、夢から離れようとする。閉じた瞼を開いたが、服装はパジャマじゃなくて、学生服だった。あれ?もしかしたら夢ではなく、現実だった?現実が夢だと思ったが、そうではなく、現実が現実だった…。じゃあ、さっきガラスに映っている彼は一体誰なの?ベッドの隣に置いてある全身鏡に覗いてみると、やはり彼が出ている。誰なのか、問うてみようか。違う姿が鏡に映っているけど、あくまでも鏡なので、何の返事は来ないと思う。返事は来ないと思うけど、とりあえず問うてみよう。

「君は誰なの?」

訪ねた瞬間、私の意志で動いていないのに、彼の口が勝手に動いた。

「俺は、希春だ」

「!」

驚いて、口に手を触れた。私の口は何も動いていないのに…。

「希春くん、?どうして私の前に現れるの?」

「え?いやいや君自身だよ。まあ、同じ人格ではなく、二重人格に近いかな」

「…いつから希春くんが誕生した?」

「君が生まれてからずっと一緒にいたよ。ただ君の人格の存在の方が大きいために僕の人格は隠されている。表面は出ないので、周りからは気づかない。だが、対話したり見えたりするのは君だけだ」

「…私って二人がいるの?」

「ん?ああ、そうだよ?」

私の中に二人がいると、真実を聞き、それって夢なのか?と混乱した。しかし、なぜか私は否定しなかった。普通なら嘘だ!と言うはずなのに、私は嘘だと言わなかった。真実を受け止められないはずなのに、私は普通に受け止められた。それが不思議だった。私は気づいているが、気づいてふりをして過ごしている。女性用の学生服は、少しだけ抵抗がある。スカートではなく、ズボンの方が良かった。しかし、周りの目に勝てなくて、仕方なく社会の常識に従った。最初は、少しくらいなら我慢できると思ったが、家から出るたびに心臓がぎゅーっと潰れそうになって痛い。

「千春?大丈夫か?学校に行きたくなければ、行かなくても良いじゃんか?」

「……ダメ、そんなことを言わないで!言われると、簡単に受け止めてしまうから!心が弱いと言われるのが嫌だ。学校に行かないとみんなに迷惑をかけてしまうのが嫌だ。わがままな私は嫌だ、嫌だ」

突然涙が溢れた。あー私が泣いちゃったか。私は心が弱いと判明されてしまった。泣き虫だと言われないよう、顔を隠すためにうつ伏せ寝をする。

「大丈夫。僕は君を助けにきたわ」

「え?助けに来た?」

「ああ、君の身体はもう限界だと警報を鳴らしたので助けに来た。もういい。君は十分に頑張った。だから、今はゆっくり休め」

「もしかしたら…身体が限界になり、徐々に私の存在が弱くなり、希春の存在が強くなった。バランスが崩れてしまったと言うこと?」

「お、気づいたか。そうだ、正解だ。まあ、とにかく、無理にすんな」

私が限界になっていることは知らなかった。いや、私の限界を無視したり知らないふりをしたりして、ずっと無理に我慢した。気づいてもらえたのは、家族でも友達でも先生でもなく、もう一人の希春だった。希春は私のことを誰よりもよく知っている。ずっと私のことを見てくれていると分かって、嬉しい。嬉しくて、私自身を抱きしめた。全身鏡から見えないところに離れて、女性用の学生服を脱いで、男性用の学生服を身につける。落ちたリュックサックを背負う。

「え?学校に行くの?まあ、我慢せずに好きなように振る舞えば問題ないよね」

「うん、希春くん行ってきます」

常識外れの行動をするだけで、周りの人に批判されるか、非難されるか怖かった。でも、私は中に希春がいるから、前と比べて少しだけ本当の自分を晒せそう。もし私が限界にならなかったら、希春に出会えなかったかも知れなかった。私が限界になってくれてありがとう。





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