「せんせぇー、それって将来なんの役に立つんですかぁ?」って質問に真剣に答えてみた。

時崎影一/Loon

第1話

「それはとても良い質問だね」


 私はそう言って、眼鏡を外した。

 それはレンズの曇りが気になったからではあるが、一息つく、という事を周囲に示すアピールでもある。


「ありきたりで、しかし深刻な疑問でもあるだろう。『こんなものが果たして役に立つのか?』。残念ながらその答えを、私は一つしか知らない」


 見回す。

 見慣れたような顔が並ぶ教室の風景。

 顔が似るものは、何故か行動や言動が似る。もう何年も教師をやってきたが、同じような質問をする奴は大抵似たような顔だった。


「だが、しかし。それに答える前に、一つ話をしよう」


 目を落とし、レンズを磨く。

 磨きながら、語り始める。


「君達はゲームをやったことはあるだろうか? あるいは冒険小説や漫画を読んだことは? 今からする話は、それと似たような話に、特にRPGと呼ばれるジャンルに非常に似た話になることを、まず念頭に置いてもらいたい」


 まだ少し曇りを残すレンズに息を吹きかける。そうして丹念に磨く。


「レベル1の戦士というものがどのように作られるか。考えたことはあるだろうか。魔法使いでも、僧侶でも武闘家でももちろん構わないが」


 問いかけはするが、答えをもとめはしない。思考させるための問いかけだ。


「それは作品世界によって違うだろう。しかし、古き良きダンジョンRPGを例にあげるなら、彼らの多くは訓練所を卒業した状態で初めて一人前として勧誘待ちの状態となる。最低限の装備と能力だけを持った状態で、主人公の勧誘を待っている訳だね」


 首を振り、手を大袈裟に動かす。

 興味を維持するためのアクション。


「訓練所と言ったが、作品によってはそれは学園であったり、偏屈な魔道士の弟子であったりする場合もある。ここで大事なのは、それぞれが育成機関、つまりカリキュラムに従って成長するシステムを経ているということだ」


 再び視線を動かす。

 ちらりちらりと、熱を失っていないかを確認する。


「翻って……、つまり学校というものはレベル1になったばかりの新米を作り上げるために存在しているシステムだと言える。レベル1。レベル1だよ。君たち……」


 果たして、レベル1の戦士に何ができるだろうか。

 問いかける。


「学校を卒業して初めてレベル1だ。右も左も分からない。そんな中で、君たちは社会という名の冒険に放り出される。そこで君たちには何ができる? 何をしなければならない?」


 単純だ。困惑の中でこそ、物事はシンプルに考えるべき。


「ーー生きねばならない。その多くは、会社組織に所属することによって。つまり、社会の一員になることによって。社会がもたらす恩恵を受けて生きるのが一番早く、かつそれまでに学んだ学習成果を活かせるだろう。何故ならば」


 学校とは、つまり社会人レベル1を作るための組織だからである。


「この日本で、社会に所属せずに生きるのは不可能に近い。言い換えようか。金銭を使わずに生きることは不可能である。何故ならば、この日本にあるおおよそ全てのものには値段がついているからだ」


 大自然? 既に地主がいる。私有地か国有地の違いはあるかもしれないが。

 今の世の中、金を使わなければスローライフすらできやしない。


「そして社会とは、共存と競争の世界である。資源は有限だ。だからこそ奪い合い分かち合わなければ。だからこそ、自分の価値を示せる人間である必要がある」




 さて。そこで問題だ。

 この学校を無事に卒業して社会人レベル1になったとして。君たちの価値は何だろうか?


「言い方は悪いが。学校は社会人を大量にかつ速やかに生産する機関だ。ゆえに、性能と品質は一定であることが求められる。ある程度の差異は個性と呼ばれるが、度を過ぎれば単なる欠陥だ」


 強すぎる個性は改革を生む。

 それは時に天才と呼ばれ、時代を牽引する一つの個性ともなりあるが。


「天才が生まれるのは偶然だ。天才を産む教育など存在しない。あったとしてもそれはまやかしだし、仮に、その教育から天才が100人も生まれたとすれば、社会は容易に崩壊するだろう」


 そこは凡人が生きられない世界だ。大多数の凡人が死ぬしかない世界。


「話は戻る。レベル1の社会人。君たちは数多にいるレベル1の社会人として競争に勝ち抜き共存をせねばならない。先のゲームで例えるなら、主人公からいち早く勧誘されなければならない訳だ」


 もし、仮に。

 君が主人公なら何を基準に選ぶ?


「容姿? 性格? 残念ながら恋人ではなく戦力を探している。さらにいうなら件のダンジョンRPGにはイラストどころか主人公たちのセリフすらない。そんな中で、何を基準に選ぶ?」


 単純だ。単純な話だ。


「優れたモノを選ぶ。数値があるならより優れた数値を。スキルがあるならより優れたスキルを。何は無くとも、基準をきちんと満たしているモノを」


 学校のカリキュラムは画一的だ。だからこそ、小さな差が大きな違いとなる。

 何故なら、大きな差は弾かれるからだ。

 学校が保障するのは卒業資格だけ。

 個々人に添付する性能評価はあくまでも目安でしかない。


「小さな差を持っているかどうか。それは個々人の能力であり、個々の責任で得るしかない。なにしろ、個性を尊重しなくてはならないからね。いわゆる、自己責任て奴だ」


 そんな中で、君たちは選ばれ、そしてやがては選ぶ立場となるかもしれない。


「数値が高いモノを選ぶ。出来ることが多いモノを選ぶ……結局は変わらない。ああ。もしかしたら、自分は最初から選ぶ側の人間になる。そう考えているものもいるかもしれない」


 むしろ、それは容易にありうるだろう。

 時代が、それをもとめているという側面もある。


「そうだね。その場合……自分より優れた人間に指示を出す場合もあるだろう。全く専門分野の違う人間を頼らざるを得ない時もあるだろう。そして何より。自分よりも下の人間を使うために、さまざまなことを学び、実践していかなければならないだろう。そのプレッシャーに耐える自信を身につけているか、それが肝だろうな」


 リーダーは常に孤独だ。

 それは、わかりあってはならないからでもある。経営者目線を持った部下なんぞ、造反予備軍でしかない。

 それもまあ、結局は自己責任となる。


「話がそれた。まあ……要は。学校とはそういうところだ、という話だ」


 さて、と呟く。


「最初の質問に戻ろう。「これを学んで、何の役に立つのか?」だったか。先も言ったが、私からの答えは一つしかない」


 眼鏡をかける。

 曇りの消えた、綺麗なレンズ越しに周囲を見回す。

 そうして、思い切りしかめ面を作り、首を曲げて言い放った。


「無駄だと思うならやめちまえ」







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