シーン3-2:不死身の男の遅れた登場

 男はもうこの場には居ない。門守はワーディングを解除し、怪我人の介抱を救護班に急がせていた。


 被害は抑えられた……とはいえ、多くの死人と怪我人が出ている。

 ​──もう随分と見慣れてる。……けど。

 焔は自分の頬に、今は任務中だと手を打った。


 そんな感傷を引き裂くように、その場にそぐわない者が現れる。


「ふん、ワーディングを察知して来てみれば。こんな所に、UGN支部があるとはな」

 白いスーツに身を包み、ブロンズシルバーの髪をオールバックにした、眼鏡の男が、神経質な顔立ちを余計にしかめてそこにいた。


「次から次へと……!」

 手当を受けたばかりの体を奮い立たせて立ち上がり、焔はその男を睨んだ。

「……ディアボロス?」

 門守の口ずさんだ名前に、男は口角を上げた。

 不死身の悪魔“ディアボロス”こと春日恭二。かつては日本支部を震え上がらせたFHエージェントにして、幹部候補とまで言われた男だ。しかし、それも過去の栄光。

 格好つけて登場はしているが、今やUGNに何度も敗れており、最近ではFHマスターレイスの使いっ走りとも揶揄される程落ちぶれてしまっている。

 故に。

「なんだ、春日か…」

 ある者は作りかけた刀を砂に変えるほど脱力し、

「オッサンかよ…こんな時に」

 ある者はオッサン呼ばわりし、

「……だれ?」

 ある者に至っては顔と名前すら覚えていなかった。

 各々の反応に少し肩を震わせながら、

「……ふん、忌々しい顔ぶれが揃っているではないか……ここで日ごろの雪辱を果たすのもやぶさかではいが……」

 わざとらしく咳払いをしたのち、シリアスな顔つきに戻り、

「生憎と今は、貴様らに用はなくてな」

 と眼鏡をかけ直した。


「私はとある男を追っている。この惨状から察するに、ここにも現れたと見るが」

「……こちらの優秀なチルドレン達が掴んだ情報によると、FHも襲撃され、一部のセルが壊滅されている、と聞くわ。間違いなかったようね」

 春日と門守の視線が交錯し、火花を散らす。

「……フン、今は無駄な腹の探り合いをしている場合では無いのでな。現状は敵対する意思はこちらにはない。土産代わりに情報もくれてやる」

「……気前が良すぎて逆に怪しいのだけれど。……まあいいわ。こちらも情報が少しでも欲しいところです」

 溜息をつきつつ、向き直る。

「まずは事実確認から。FHがとある男……オッドアイの瞳をサングラスで隠した黒コートの男に襲撃されている。間違いないのね?」

「ああ。相違は無い。私の子飼いのセルの一つを始め、いくつも襲撃された」

 苦渋の表情で春日は答える。

「情報とか何か盗られたのか?」

 焔も何か手がかりを探る。

「ただの強盗ならば、UGNもろとも襲うことはないだろう。……奴はただ、破壊し殺戮を行っただけだ」

「破壊と……殺戮? ただ壊滅させて満足していったのか……!?」

 あまりに虚無かつ狂気的な行動に、焔はわけがわからず息を飲む。

「貴様等、本当に何も把握していないのだな。ならば、此処にいる意味はもうあるまい」

 春日恭二は踵を返し、拳を握りしめる。

「奴の目的なぞ、どうでもいい。私はただ報復するだけだ。FHを、私を侮辱した者にな」

 そしてふたたびUGNの面々に指を指し、声高らかに宣言する。


「貴様等との決着は後回しだ! 今はあの男への報復が先だからな!…… だが。貴様等UGNを打ち破るのはこの私だ。あの男を滅するまで精々首を洗っておくことだな」


 そうして悪魔と呼ばれた男は​──エグザイルの能力だろうか​──溶けるように姿を消した。


「……嵐のようなオッサンだったな」

 どっと座り込んで髪を少し乱す叢太に、焔も同意する。

「まあ、今は春日なんかよりあの襲撃犯だ。無差別にあちこち壊して殺してまわってるんなら、止めねーと」

 焔の言葉に、門守も頷く。

「……他の担当支部へは既に連絡を回しています。事後処理班の到着を待って、私達はこの支部施設を放棄しその支部へと合流するわ」

「えっと、この支部捨てちゃうの?」

 不安そうに見上げるゆるりに、門守は肩に優しく手を置く。

「ここに居ては危ないからよ。FHに場所が分かってしまったから。それに、ほかの支部と力を合わせた方が良いと判断したの。鷹峰さん、わかる?」

 優しく易しい言葉で愉されたゆるりは、「お手伝いできることある?」と聞いた

「処理班の到着までに、引き続き負傷者の救護を手伝ってくれると助かるわ」

「わかった」と応急手当キット片手に負傷した者たちのところへ走り回ろうとするゆるりを、門守は止めた。

「……貴方達のお陰でこの場は何とか切り抜けられたわ…三人とも…ありがとう」

「ヨーコ」

 UGNイリーガルに有るまじき、やもしれぬが怖かったのだろう。ゆるりは瞳から雫をこぼしてぐすぐす泣き始めた。

「……お、おう。まあ当然だな」

 褒められ慣れてない焔は言葉を濁した。

「…このメンツだからこそ切り抜けられたってのはあるな」

 一方で叢太は誇らしげに歯を見せた。​──と。

 叢太は、焔の傷が癒えきっていないことに気付く。薙ぎ払われたのは3人とも同時であったが、焔の傷は深かったのだろう。レネゲイドを活性化させても、まだ癒えていないようだ。

 叢太は焔に応急手当キットを投げた。

 思わずキャッチし、キットと叢太を見比べる焔。

「使えよ」

「え、お前のだろ。自分に使えよ…!」

「オレは大丈夫だ。こっちの方が本領を出せるからな」

 意味ありげな言葉に焔は一瞬困惑するが、

「………うーん、そういうことなら使わせてもらうけど…ありがとう……」

「おう」

 この同世代の男には敵わない。否、ウマが合う気がする。

 確信に至るまでに、ここから時間はかからないだろう。

 焔はなぜだかそんな考えが過ぎった。

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