シーン3-1:オッドアイの男
[あの男]は、コートをたなびかせ、影を纏わせて現れた。
焔たちのいる、UGN支部の建物を見上げて、紅と翠の瞳をギラギラと狙いを定めた。
「……さて、次の狩場は……ここ、か」
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支部内で、緊急のサイレンが鳴り響く。
「……何事?」
門守は立ち上がり、情報を支部員に確認する。
不穏なサイレンが鳴り響く中で、ゆるりは不安そうにきゅっと両手を握りしめる。
「ゆるり、大丈夫か」
焔が訪ねてくれたからか、なんとか小さく頷くゆるり。
「何が起こってんだ」
叢太の言葉に答えるように、門守は冷静に伝えた。
「緊急事態よ。 所属不明のオーヴァードが侵入し、1階のエントランスにおいて破壊行為を始めたらしいわ。……
まじか、と慌てて冷静に判断しようとした刹那、大きな揺れが室内の全員を襲う。1階でどれだけ暴れまわっているのかが図り知れる。
「 警備システムの作動は?」
「すべて、破壊されてしまいました……」
門守の問いに、息をのんで答える支部員。
「鷹峰、掴まってろ」
叢太は机に潜ろうとしていたゆるりの服を掴むと、室内を領域に変えて何も落下しないように力場を整えた。
揺れが収まると焔は門守のほうを向いて口を開いた。
「門守さん、1階に向かっても!?」
門守は一瞬迷う。相手は本部が秘匿しようとしている相手。情報も足りない。霧谷が選んだ実力ある精鋭たちを招集したつもりが、このまま安直に行かせて良いものか。
「門守さん!」
「……わかったわ。ただし深追いはしないで。 相手の正体を確認する事を最優先にね」
静かに、祈るように承諾した。
その様子に鼓舞されたのか、ゆるりの震えが止まった。
「わたしもいく」
「オレも行くぜ。いいよな? 支部長」
二人の様子に、当然のように叢太が便乗する。
「ゆるりも狩谷も来てくれるのか。宜しく頼む」
「その為に来たんだぜ。オレは」
「がんばる」
門守は思い直す。やはり彼らはチルドレンとイリーガル。UGN傘下のオーヴァード。戦う意志が、日常を守る意志が、しっかりあるのだと。
「分かりました。貴方達はエントランスでエージェント達と合流。侵入者の迎撃をお願いするわ。 非戦闘員の避難を済ませ次第、私も合流します……気を付けて」
「任せろ!よし、二人とも行くぞ!」頷くと、会議室を飛び出します
「おーおー、勢いある奴だ。ますます気に入った」
叢太はエフェクト≪ハードワイヤード≫の
「鷹峰、行けるか?」
「だいじょうぶ。ありがと」
ゆるりは、もう子猫のようにおびえてはいなかった。
「OK、なら3人で行くか!」
叢太とゆるりも焔に続いた。
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エントランスは惨状と化していた。壁も床も抉れ、煙を上げていた。
焔はサラマンダーの能力を使って生存者を探し出した、倒れているエージェントらしき男性の傍に駆け寄った。
「おい!何があった!」
「君達は……。……気をつけろ…アイツには…っ」
焔たち助っ人の存在に安堵したのか、エージェントは一点を指して意識を失った。
「……あいつって?」
焔はそっと横たわらせたのち、その一点に注目した。
「……輝橙、鷹峰。気を付けろ」
エントランスの正面だ、と叢太は警戒した。
「…!」
残りの二人も身構えるが、[その男]は子どもたち三人を一瞥し──ほぅ、と冷たい眼差しを送った。
「次はお前達が相手か……? しかし先刻の支部といい、この国の支部は随分とガキが多い」
緊張状態の中、フッとため息をこぼす、逆立ったオリーブ色の髪の男に、三人は警戒を怠らない。
「全く嘆かわしい事だ、栄えあるUGNが今となってはこんなガキ共に頼らざるを得ない程、瓦解しているとは……な。貴様もそうは思わないか?」
焔の橙色の瞳が、サングラスの奥の狂気的な瞳と目が合った。
その冷静でありつつも獣の爪ような鋭利な視線に一瞬慄くが、そこはチルドレン。「あんまガキだからって舐めない方がいいんじゃねえの」と言い返した。
「……活きのいいガキだ。 ……だが、すぐに後悔する事になる。此処にいた時点でお前達はオレに狩られ──餌となる運命だったんだ」
獲物を狙う獣の言葉に、ゆるりは震えた声で尋ねた。
「……なんでこんなことをするの? 命は、奪っちゃいけないものだよ」
あまりに幼稚で陳腐な言葉だったのだろう。男は鼻を鳴らした。
「それは誰が決めた事だ? UGNか? お前の縁者か? 命とは常に奪い奪われるモノだ。そうやって、進化は繰り返されてきた」
ゆるりは反論したかったが、反論するだけの倫理観の真なる答えが、彼女にはまだ見つからず、わからなかった。
「ゆるり、こいつに何言っても無駄そうだぜ」
焔はゆるりを庇うように前に立った。
わからないなりに、出した答えはただ一つ、
「死なない。ここで死なない。みんなを、これ以上死なせない」
制服の上から藍色の猫耳ポンチョを羽織り、戦闘の体制に移る。
「わたしが……わたし達が、守る」
その言葉に叢太が焔の横に並び立ち、狼のような視線を焔に送る。
──輝橙、やれるな?
──あぁ、もちろんだ。ここで止める。
視線を返すような頷きに、叢太は口角を上げた。
「上等だぜ」
≪ワーディング≫という名の緊張感の中、割れた窓硝子から一陣が吹く。
一対一。多勢に無勢といかないのは先に倒されていったエージェントたちが証明している。
「よく分かんねえけど、テメェに聞きたいことは山ほどあるんだ。まずは大人しくしてもらう!」
「……あなたを、とめる!」
「狩られるのは、テメェの方だぜ」
それでも──少年少女は脅威に立ち向かう。
その姿が何か可笑しいのか。男は口の端を上げて笑った。
「心地良い殺気だ。……精々愉しませてくれよ。」
愉しませる気なんてない。みんなを守るんだ。
その気持ちでゆるりは瑠璃色の光を纏い、焔と叢太に力を送るように祈った。
「二人とも、気を付けて!」
「ありがとな、鷹峰! オレもエンジン全開で行くぜ!」
バリバリと体内の電流がほとばしり、先陣を切ったのは
もちろん男はそれを見逃さず、影のようにふっと消えた。
「!? 逃げたか!?」
「早計だ小僧」
キョロキョロと辺りを見回す焔の様子を他所に、男は再びその姿を現し、背後の影を増殖させる。三体の影はその身を化け物と言わんばかりに大きくさせて三人の子どもたちを覆いつぶすように薙ぎ払った。
「くっ、なんて力だよ……けどな」
立ち上がる三人でいち早く再稼働したのは、やはり叢太。領域の力で射程距離にまで接近する。
「高速移動はアンタの十八番じゃねーんだよ」
《ヴィブロウィップ》を装着した腕に電流が=をほとばしらせ、叢太は男に狙いを定めた。
「噛み砕かれなァ!!」
蒼の稲妻が迸る。狼の牙が男をとらえた──はずだった。
「な──?」
叢太は琥珀色の瞳を大きく開かせた。
確かに男本体に直撃した、はずだった。
しかし爪は男の腹をえぐることなく。影のように男が揺らめいたかと思うと、その力は吸い込まれていった。
「物理攻撃が効かないのか!?」
いや、でも。焔は思考する。
あの攻撃はレネゲイドの力によるもの。そして相手も同じオーヴァード──もしくはジャーム──のはずだ。だのに攻撃がかすりもしないなんて聞いたこともない。
「どうなってるんだ……?」
「なら、わたしが!」
震える手で光を集め、標準を合わせる。
光の力のレネゲイドそのものによる攻撃。
これならば──?
「ぅぅああああああ!!」
この攻撃なら、相手を傷つけるかもしれない。その恐怖は今は抱いている場合じゃない。
手のひらから放たれる瑠璃色の光線は、男に直撃とはいかなかった。はずした。脅威であろうと人のカタチをした者に、ゆるりは攻撃をためらってしまったのだ。
見かねた焔がゆるりのフードに頭を乗せた。
「気にするな、かすりはしたはずだ。傷一つくらいはついてんだろ」
「……はたして、そうかな?」
ゆるりの攻撃は、確かに、かすめた程度だった。
しかし、それでもレネゲイドによる攻撃には変わりない。かすり傷くらい残ってもいいというのに。
男は傷一つついてなかった。
「嘘だろ……」
「どうした?このまま、ただ無力に餌になるだけか?」
得体のしれない存在に、どうすれば良いかわからない。無暗に攻撃してもその攻撃は呑み込まれる。
──どうすれば、いいんだ?
「諦めるにはまだ早いんじゃないかしら」
青緑のワーディングに塗り替えられ、領域から影が次々と消えていく。
ワーディングの主は、吹き抜けになった二階からしゅたと飛び降りてきた。
「門守支部長!」
「ヨーコ!」
背後に降り立ったスーツの女性に、焔とゆるりは声をかける。
「三人とも。よく持ちこたえてくれたわね。……これ以上、貴方の好きにはさせないわ」
門守は二人に微笑みかけたのち、きっと男を睨んだ。
「 我が分身をレネゲイドの力だけで蹴散らすとは。
「……私の立場を知っているのね。壊滅させた支部から情報の一部を持っていったのは貴方ということかしら。それに……その影を操る力……やっぱりウロボロスね。私の力で上書き出来たからある程度確信はしていたけれど……力が肥大化しているのを感じる。大方、自分自身の力に飲み込まれたか……」
冷静な門守の分析に、男はくつくつと笑う。
「… …そう、これがオレの力だ。この[影]……レネゲイドそのものを喰らう力を持ってすれば、 いかなるオーヴァードも無力となる。そして、餌となるのさ。オレを満たすためのな。そこのガキ共も、そして、お前も、だ」
「……ウロボロスの性質を利用した防御機能……確かに厄介ね。けれど……そう思い通りには、ならないわよ」
「舐めるなよ。例え同じ力を持っていようが貴様一人でオレを止める事等出来ん」
「……確かに一人じゃ無理ね。でも」
焔の肩に手を置く。
「[私達]ならどうかしら」
傍らの門守を見ると、彼女はウィンクした。
「
「ああ、任せろ!」
「今度こそ、がんばるよ!」
「頼らせてもらうぜ、支部長!!」
「ありがとう。この男をこのまま、放置するわけにはいかない。改めて、貴方達の力を貸してちょうだい」
その言葉を皮切りに、門守は領域と影の力で、三人のレネゲイドをサポートする。
「いくよ、おじさん!」
ゆるりが影纏った光で同じように攻撃する。
その攻撃はまた直撃とはいかなかったが、掠った場所からつつと赤の雫が伝った。
効いている。それだけわかっただけでも勝ち筋。しかも相手は光の強さにサングラス越しにも関わらず目をくらませているようだ。
「良い目くらましだぜ! いくぞ、輝橙!」
「任せろ!」
焔が両手を叩いて地面につくと、バシバシッとオレンジ色の火花が走り、引っ張られるようにして刀が出現する。
叢太が「捕まえたぜ」と巨大な爪で男をとらえ、男の背中を、焔が炎をまとわせながら、一文字に斬った。
「く、ぐ……っ」
誰が見てもわかる致命傷。まだ相手は息があるようだが……
「いける…三人供、このまま攻撃を続行するわよ」
「おう!」
「……うんっ」
「一気に押し切るぜ」
叢太の束縛を払いのけ、息を整えながら舌なめずりする。
「オレの力を……切り裂くか……面白いじゃないか。 それでこそ、楽しめる。 喰らいがいがあると言う物だ」
狂気的な笑み。しかしその瞬間。
「……ぬ」
男は右目を抑えて後ずさりする。明らかに様子が先ほどまでとは違う。
「……折角、楽しくなってきたんだ。邪魔してくれるなよ…」
一同は狼狽するが、口を開いたのはゆるりだった。
「……だれとお話ししているの?」
男の手が震えている。割れたサングラスからみえる、左右の赫と翠。
「お前が知る必要も意味も…ないさ」
赫の瞳が光り、狂気じみたように口元を歪ませる。
「……お前達は……運がいいようだ……結果として[俺]に救われたんだからな」
「どういう意味だ?」
焔が手を伸ばした途端、自身の身体が影に包まれ、その瞬間その場から姿が消えた。
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