シーン1-2:ゆるりと叢太
市のとある中高一貫校。
テスト明けの部活動の声が響く中、空色の髪の少女――鷹峰ゆるりはよいしょと膨らんだかばんを閉じていた。教科書だけなら良かったのだが“かさばるもの”があると閉じにくい。いや畳めば良いだけの話なのだがゆるりはその知識をこの一年半で未だ教わっていない。
「はぁ、やっと試験終わったなぁ。それじゃあ鷹峰さん、またね~」
「ん、サユリ、ばいばい」
ゆるりは外見にしてはあどけなく幼い言葉遣いて手振りで、サユリなる同級生を見送った。
「あの子さぁ。明日デートなんだってさ」
「でえと?」
他の級友Aの言葉に、ゆるりは小首を傾げた。まるで初めて聞いたかのような反応に、級友Bは慣れたように返答する。
「そうそうデート。確かT校の男子生徒じゃなかったっけ?」
「へえ」
興味がないわけではないと察したのか、級友Bはゆるりに向けて前のめりに尋ねた。
「…鷹峰さんは、デートする相手とかいないの?」
ゆるりは目をぱちくりさせた後、申し訳無さそうに「でえと……ごめん……わからない……」と返した。
はぐらかしたわけではない。生後から一年半の間――ノイマンのシンドロームを持つレネゲイドビーイングの割には何にも興味を抱いてこなかったゆるりには、色恋沙汰という概念がわからないのだ。
「あぁ、鷹峰さん。気にしないで。この子ホントそういうのが好きなだけだからさ」
級友Aがペチンと級友Bの頭をはたく。
それでも理解できるのが、“友だちは大切にしなければならない”ということ。
「……たたくの、よくないよ。だいじょうぶ?」
級友Bの頭を撫でながら、級友Aに向き直す。
「でも、ありがとう」
級友Aは脱力するも、仕方なさそうに微笑んでいた――が。
「……鷹峰さん。……優しい…」
級友Bの“きゅん”という擬音が聞こえた気がしたので、なんとなく無言ではたいた
「でもさぁ、サユリみたいのが正にJKの「日常]ってやつじゃないの!? アタシ達花の17なのよ!? 17!」
「アタシだって出会いの一つくらいさぁ…」
「じぇいけい?」
今度は反対側に小首を傾げて、級友たちに尋ねる。
「そ! JK。女子高生。鷹峰さん、結構男子に人気あるのに、勿体ないよ~」
「そうなの? それって、すごいの?」
「勿論だって。隣のクラスの正雄の奴なんかさ、絶対鷹峰さんのこと……」
みー……とそろそろ混乱が極まってきた頃、一件の着信がゆるりのスマートフォンに届いた。
ディスプレイに映っていたもの。それは。
[UGNからの依頼要請]
[人のいないところで通話に出て下さい]
と言ったものだった。
「? なんでだろ」
ゆるりは皆に断りを入れてからトテトテと教室の外に出て、空き教室に入った。
電話に出ると、事務的な口調の男の声が聞こえてきた。
「イリーガル・ブルーメモリーだね?」
「……」
しばらく思考してから、合点が言ったように自分のコードネームを思い出した。
「あ、そっか。うん、ブルーメモリーのゆるりだよ」
「君に協力を要請したい。引き受けてくれるならば、これから送る情報の支部へと向かってほしい」
「……こまってるんだよね?」
改めて尋ねると、電話の主は少しの沈黙ののちに返答した。
「…そういう事になる。協力してくれる者の[力]が必要だ」
相手は困っている。なら、ゆるりの答えは一つだった。
「……わかった、なら、おしごとひきうけるよ」
「では、これから送る住所の支部へと向かってくれ。……要請を受けてくれた事に…感謝する」
任務を引き受けたとわかった途端、心なしか男の声は少し安堵したような気がしたが、やはり事務的な言葉使いだった。
何を察したのか、ゆるりは続ける。
「ん、あなたもタイヘンだね。おしごとおつかれさまです。……がんばってね」
「了解した。君も気を付けてな」
最後は少し砕けた口調になったような気がして、ゆるりは不思議と口元が緩んだ。
UGNから支部の住所情報が送信さる。
UGNからの依頼要請を受けたUGNイリーガルゆるりは、訓練された猫のごとく。指定された支部へと向かうのだった。
一方、東京N市。
私立鴎第3高等学校。
「じゃあな~狩谷」
「狩谷君、また月曜にねー」
特徴的に髪の跳ねた青パーカーの青少年・狩谷叢太は、テスト明けの開放感に浸りながら愛車のバイクを出しながら、同級生たちと別れを告げる。
「おお、お疲れ~」
バイクを手で押しながら、不意に恋情の相手に杞憂する。
「冴姫の奴、今日も任務か。ま、アイツの事だから心配はないんだろうけど」
校門を出ると、テストの健闘を祝福するような一陣の風が吹いた。
「週明けには、任務を終えるつってたしな。何かあれば連絡がくるか。」
叢太はふうとため息をつくと、バイク用のヘルメットを被った。久しぶりにツーリングで遠出でもしようかと思案していた刹那。悪魔の着信がスマートフォンに届いた。
「……マジかよ」
悪寒を覚えながら汗まみれの手で画面をタップした。
「……もしもし、……久しぶりだけどさ、オレに何か用でも?」
用もないのにかかってくるはずはないのは分かっていたが、ひたすらに叢太は祈る。
しかし、電話の相手は有無を言わさずに要件を伝えてきた。
「え、今N市にいるって? はっ、依頼!? 東京都内!?」
依頼というよりは命令だろという言葉を呑み込み、叢太は反論を試みる。
「いや、いきなり過ぎんだろ!? アンタなら他にも伝手があるだろうが! オレにだってさ、今は──」
しかし、言い切る前に通話は切られてしまった。
マジかよと落胆するが、無視したその後の地獄が見えたので、断る言い訳を十考えたところで諦めた。腹痛は気のせいではないのだろう。
「とりあえず応急手当てキットあたりでも調達して向かうか……」
走らせたバイクの音が、物悲しく晴天の空気を震わせた。
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