第6話 キスの甘さ
平和な日々は続いていた。丹野さんの病状も順調に回復していたが美穂のシフト以外の時間は知らない女性が入っていた。
その女性は機械的で息がつまるものであった。名前は確か高橋さんであった。
「それでは失礼します」
高橋さんを玄関で見送ると。
「も・ね・ち・ゃ・ん」
つばきが後ろから抱きついてくる。それは極短い一瞬のスキをついてのことであった。振り解くとわたしはつばきのくちびるを奪う。
「や、止めて!」
つばきの拒絶にわたしは目をそむける。
「こんなのもねちゃんじゃない」
「なにが違うの、何時も、甘えてくるつばきにキスのお礼よ」
わたしは何を言っているのであろう、そんな自己嫌悪後で自分が嫌になる。そして、空気が薄いと感じると、次の瞬間は自室のベッドで寝ていた。どうやら、過呼吸を起こしたらしい。
「気がついた?」
つばきが椅子に座りこちらを見ている。
「ゴメン……」
「大丈夫よ、わたしはもねちゃんの味方だから」
わたしの謝意につばきは微笑んで対応する。何も無い世界で二人だけの時間が過ぎていた。
そう、季節は紫陽花の咲く時期であった。
翌日、沢藤学園のショーホームルーム前の時間である。改めて、この沢藤学園は校則が緩い事を感じる。リップに色付きなど当たり前であった。
しかし、クラスの雰囲気はメイクになど関係ないであった。そう、クラス全体のカーストがお堅いのである。皆、担任に気に入られて内申を上げようと必死だ。
私立の進学校など今までの人生で関係なかった。病気で死んだ母親はわたしに自由に生きて欲しかったらしい。だから、中学受験も受けるのを止めた。
そして、この沢藤学園は父親のコネだけで入学ができた。わたしは同じクラスのつばきに近づく。何故、つばきと同じクラスなのかは謎である。きっと、簡単な妖術であろう。聞いてみるか。
「つばきは何故この学園にいるの?」
「愛しい日々が欲しいからよ」
ガチ百合かい。大体の予測はついたがやはり百合であった。
「つばきは代償の無い愛は欲しくない?」
「その目よ、愛に飢えている、ハイエナの様な目よ」
「答えになっていないよ」
「今のもねは小さな頃に稲荷神社に来ていた目よ」
末期医療を受けていた母親の回復を願っていた頃の話か……。
「だから、今日は愛してあける」
つばきは背後に周りわたしの胸をモミモミする。
「これがいいのか?これがいいのか?」
教室の中で何をする?この百合娘は……。わたしが振り返るとくちびるが合わさる。
「ダメ……」
その呟きはかき消された。
わからないでいた、今日のわたしがあの頃の目つきで、つばきがいつも以上に積極的な理由が……いいえ、きっと寂しかったのね。
わたしは神様に祝福を受けずに生まれてきたからだと、運命を呪う。そして、今日のつばきとのキスは今までで一番甘いモノであった。
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