第5話 儚きは……。

 休日だと言うのに自室でぼっーとしていた。この生活は虚しい。父親は仕事で出張である。


「お嬢さま、庭に出て日差しに当たられては?」


 老婆の丹野さんが部屋を掃除しながら提案してくる。丹野さんは病弱な母親に重ねたのかもしれない。


 わたしの記憶では死んでしまった母親はよく庭に出て丹野さんの話を聞いていた。外に出れない母親にとってお屋敷の高い塀は鳥籠の様であった。


 わたしは丹野さんに言われるまま、庭に出てみる。季節の花が咲き、心が落ち着いた。これが母親の見ていた風景。


「もねちゃん、遊ぼ」


 つばきがフレンドリーに声をかけてくる。しかし、わたしは言葉なくふさぎ込む。


「ありゃー、ご機嫌斜め」

「ねえ、教えて、何故、わたしは父親を刺したの?」


 それは半年後の事である。決まった未来なのかそれとも、変える事のできる夢なのかは分からない。


「思い出して、半年後に何があるかを」


 一番目の思いついたのは母親の命日である。あの日に、このつばきと愛の約束をした。そして、父親との決別もだ。


「命日の日も父親が仕事をするのね」


 わたしが家出の決意をしたのは母親の葬儀すら父親は仕事で不在であった為だ。そんな事を考えながら、庭で生きる意味について長考していた。


「お嬢さま、コーヒーが入りました、一緒にお飲みしませんか?」

「はい、頂くわ」

「孫の美穂が美味しいコーヒー豆を買ってきてくれましたから、コーヒーが美味しく飲めます」


 気のせいか丹野さんの影が薄く感じる。わたしは父親を刺す、もう一つの理由が丹野さんの健康問題である事を薄々感じていた。


それから。


 リーン。


 あの鈴の音が聞こえる。死の使いが側にいるのだ。広間で丹野さんの入れたコーヒーを飲み干すと、キッチンに居る丹野さんを探す。


 リーン。


 やはり、丹野さんは倒れていた。


「救急車!」


 わたしは叫ぶと携帯を探す。急いで電話をかけると直ぐに救急車が到着する。

丹野さんは腰を痛めていた以外は健康だと思っていたが人の命など簡単に消える。


 とにかく、美穂に電話をかける。救急車に一緒に乗り込むと総合病院に着く。

それから間もなく、慌てて、美穂も現れる。


 どうする……父親に連絡するか?わたしは天を見上げ無力を感じる。仕事中は携帯の電話にすら出ないであろう。


 医者の話では処置が早くできたので一命は取りとめたらしい。よかった、鈴の音色も聞こえない。でも、この気持ちは何だろう?それは父親への殺意であった。


「つばき……この気持ちは整理がつくのかな?」

「殺意は何時でも消えるわ。でも、今は眠りなさい」


 その言葉と同時に病院の長椅子の上で眠りにつく。どれほどの時間が経ったのであろう。わたしの中の殺意は消えていた。


「ご主人様、ありがとうございます、でも、旦那様がお帰りになります。一緒にお屋敷に行きましょう」


 わたしの明日のご飯すら父親が稼いだお金だ。半年後の未来が怖くてたまらなかった。

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