第2話 東京の桜
北海道は自然なら何でもある。
それは厳しい冬がもたらしてくれるものや、途方もない長い時間をかけて形成されたもの、それらは場所によって様々な表情を見せてくれる。
だが、私は北海道に住んでいて、これだけは東京には勝てない、と思うものがある。
それは桜だ。
三月下旬から四月上旬。
東京は文字通り街中が桜色に染まる。
まるで、街中が春が来たことを祝っているみたいだ。
僕が東京の桜を素晴らしいと思ったのは、上野公園や飛鳥山、千鳥ヶ淵、昭和記念公園などの名所の桜を見たからでは無い。
それらの桜はもちろん素晴らしい。
僕を感動させたのはそういう有名なところでは無く、むしろ誰も知らないような街の片隅に咲く桜だ。
僕はその頃、豊島区の椎名町という池袋から西武池袋線で一駅の所に住んでいた。
会社の寮の一室で、約5畳くらいの部屋。
それが広い東京で僕にあてがわれた僕の居場所だった。
僕はその頃、何故か落ち込んでいた。
落ち込んでいた理由はあまり覚えていない。まあ人間関係だったと思う。
僕は人からどう見られているかは知らないが、人と接するのがかなり苦手である。
その年の春のある日、伏し目がちに僕は椎名町駅から寮への道を歩いていた。
そして、ある街角を曲がったとき、突然、美しい桜の木が目の前に現れた。
僕はこんな所に桜の木があったことに驚き、その桜に掛かっていた、案内札を見た。
昭和の初め頃、ここには「長崎アトリエ村」というものがあり、フランスのパリのモンパルナスを模して、自然発生的に芸術家が集まり、長崎アトリエ村を構成したとのことであった。
あれ?と思った。
この案内札は、前にも読んだことがある。
でもこの案内札が掛かっていたのは、枯れかけたみすぼらしい木だったと記憶している。
まさかと思った。
その木は桜で、今まさに現役として咲き誇っている。
「俺はまだ、死んじゃいねえぜ。」と言っているようだ。
僕はこれを見て、心が急に明るくなるのを感じた。
僕は僕自身では大きいが、端から見れば小さい悩みがいつの間にか消えているのに気付いた。
それはもう二十年近く前のことである。
でも春になり、北海道の桜の名所を見て思い出すのは、あの豊島区長崎の枯れかけた木が咲かせたあの桜だ。
だから私は、やはり桜だけは東京にはかなわないと思う。
東京には、名所に行かなくても、こんな桜の木がそこら中にある。
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