六 危険人物



「危険視……されてるのか、俺?」


 ドノスがきょとんとして言った。「え? え?」とキョロキョロしているアルンをよそに、エシテが淡々と口を開く。


「されていますでしょう。一番、二番隊は火の救助部隊、三番は水の医療部隊、四番は気の調査部隊。あなたの部隊だけが火、水、土の混成部隊」

「色々いた方がいろんな状況に対処できていいじゃないか」

「それが協調性の高い優秀な人間ばかりであれば。シルイは周囲の人間と日常会話すらしようとしない。日々の祈りの勤めも果たさない。本来ならば破門であるところをあなたの下へ送り込まれました。ルノは一度治療院に配属され、繰り返し患者を罵倒してここへ」

「あれはあいつらが馬鹿なことばっかり言うから悪いんだよ。ちゃんと治るって言ってるのに『死ぬ! 俺はもう死ぬんだ!』って馬鹿でかい声で叫び続けてさあ」

「まあ、医者には向いてないかもしれんが……二人とも根はいいやつだし、実力はあるぞ?」


 ドノスが困った顔になり、エシテが首を振った。


「火竜は隊員同士の信頼と連携が必要とされます。実力だけで人は救えません。手を焼くであろう彼らに加えて、その……なんだか、楽しそうな子。皆に『はみ出し部隊』と呼ばれているのをご存知ありませんか? 明らかに問題児の寄せ集めでしょう」

「……なんだか楽しそうな子?」


 アルンが復唱するとイドロが震えながら突っ伏し、ルノがまた鼻で笑った。ドノスが部下達を一人ずつ順番に眺め、小さな声で「まあ、意図的に問題児を付けられてるっちゃ、付けられてるのかな……」と言う。


「ひ、ひどい!」


 アルンが大声を出すと、ドノスが「お前はそういうとこな。思ったこと全部口に出さない」と言った。真面目な顔のエシテに対して、段々と肩を震わせる人間が増えてきている。


「……もし理由があるとすれば、俺が魔術嫌いじゃないからだろうな、たぶん。総隊長は排斥派だから」

「私も善良な術師ならば嫌悪感はありませんが」とエシテ。

「うん、そうだけど……まあ、俺はあの時さ、ほら」

 ドノスが何故か急に小声になり、窓の方にちらと視線を送った。エシテはそれをじっと見つめ、そして「いいでしょう」と肩を竦めた。今ので何かわかったのだろうか。


 魔術排斥派というのは、神に授けられた祝福の力を神に祈らず使う「魔術」を悪だと思っている人達だ。だから例えばそういう人の前で〈祝福〉ではなく〈魔力〉という表現を使うと、ものすごく怒る。この数年で若い世代はあまり気にしなくなったものの、神官と魔術師は、昔はもっと仲が悪かったらしい。


「うわ、総隊長って『そう』だったの? 魔術師だろうが何だろうが、神に愛されてるから魔力持ちなのにさ。馬鹿じゃん」

「ルノ」


 ドノスが嗜めたが、今のはそんなに悪い「馬鹿」じゃなかったなとアルンは思った。それに敢えて「魔力」という言葉を使う度胸も。


「私も馬鹿だと思います」

「こら!」


 ドノスが頭を抱え、イドロが「これで問題児の自覚がないとか……!」と笑い転げ、ルノは「アルンも馬鹿だけど、その意見は評価してあげるよ」と言った。





 それからもしばらく会議は続いていたが、アルンはその内容をほとんど覚えていなかった。シルイの無事を確認し、ドノスの疑いが晴れたところで安心したのか段々と眠くなってきて、うつらうつらしていたのだ。


 ドノスの「お前はもう風呂に入って寝ろ。初日から色々あったからな」という言葉に頷き、会議を終えた皆が次々に部屋を出てゆく背中をぼんやり見る。億劫だなあと思いながらのろのろ立ち上がって廊下に出たところで、突然くらりと視界が暗転したアルンは咄嗟に壁に掴まろうと手を伸ばした。


(あ、届かない――)


 スカッと手のひらが空を切る感触と同時に、頭を守ろうと体を丸める。が、肩のあたりを誰かに受け止められて、アルンはずるずると床に座り込むだけで済んだ。


「あ、え……ありがとう」

「治療院へ行く必要があるか」


 知っている声にハッとして顔を上げると、また頭がぐらっとした。それを見たシルイが顔をしかめる。


「あ、ううん……今日は結構力を使ったから、それだと思う。気が抜けたら急に……寝れば治るから」

「部屋まで歩けるか」

「うん」


 シルイが喋ってる、と思いながら立ち上がってみたが、少し歩くのは怖いくらいにまだ目眩が続いていた。壁に沿ってなら……と廊下の端に寄ろうとすると、脇の下にすっと肩が差し込まれる。


「え、肩貸してくれるの……? というかシルイ、怪我は大丈夫なの」


 少し驚いて目を丸くしたが、返事はなかった。彼は無言のまま肩に回されたアルンの右手を掴み、帯のあたりを掴んで腰を引き寄せ、自分に寄りかからせるようにぐいと持ち上げた。すると驚くほど体が軽くなって歩きやすくなる。が、神殿育ちで異性と肩なんて組んだことのなかったアルンは、仲良しの女の子達とは違う硬い体の感触が少しだけ怖くなってそわそわした。


「あ、あの……ありがとう」


 声が震えてしまったが、シルイは反応しなかった。彼はゆっくり廊下を進んで、アルンの部屋である四十八号室――のひとつ手前の部屋の扉を通り過ぎざまにドンと蹴りつける。


「鍵」


 ぼそっと言われて、慌ててポケットから鍵を出そうとしたが、右側に入っていて取り出せない。


「あの、右のポケットに」


 そう言うと、シルイは腰に回していた手に力をこめて更にぎゅっと引き寄せ、掴んでいたアルンの右手を離す。


「出せ」

「あ、あの自分で立てる。立つくらいなら大丈夫」

「どしたの、アルン?」


 後ろからルノの声がした。扉を蹴られて出てきたらしい。


「め、目眩がして……シルイが肩貸してくれて、でも鍵が右のポケットで」

「隊服のポケットに直接硬いものを入れない。危ないから」

「え、じゃあどこに、うわっ」

「革のポーチ、帯に着けてるでしょ」


 正面に回ったルノが容赦なく上着の裾を捲ってポケットに手を突っ込んだので、アルンは思わず身を捩って逃れようとしたが、シルイに捕まっていて動けない。鍵を取り出したルノが扉を開け、アルンを寝台に座らせるよう指示を出す。そして彼は一度自分の部屋に戻って、戻ってくるなりアルンの腕を取るとさっと表面を冷たい綿で撫で、そして突然針のようなものをブスッと突き刺した。


「痛っ!」

「は? めっちゃあるじゃん。見るからに欠乏症っぽいのに。貧血?」


 見れば、腕に刺されていたのは〈祝福〉の量を調べるための測定器だ。目盛りが真ん中より少し下くらいを指している。


「いつもはこの辺まであるから……」


 二千、と書かれているあたりを指差すと、ルノは「はあ? 何それ、馬鹿魔力じゃん」と呟いた。


「じゃあ軽度のショック症状だね。気を抜いたら突然、ってくらいなら寝れば治るよ。寝ろ。風呂は明日の朝」

「うん、ありがとう」

「――ドノスだが」


 突然シルイが喋った。アルンとルノが振り返ると、彼は二人を見つめ返し、押し殺すように小さな声で言った。


「何かを隠しているのは確かだ」

「え?」

「ねえそれ、もうちょっと話の導入をなんとかできないの? 突然すぎるんだけど」


 ルノが言って、驚いているアルンを見下ろすと、フンと鼻で笑ってから言った。


「まあ確かに、本殿の方へ行ってコソコソ何かしてる様子ではあるよ、時々ね。とはいえドノスだし、どうせくだらないことなんだろうけど」

「……間違いを犯す人間が持っているのは、歪んだ正義感だ」

「は? なにその突然の格言みたいなの。『優しい人でもおかしな思想のもとに行動することはある』って意味ならちゃんと言った方がいいよ。余計馬鹿に見えるから」


 シルイは無言で立ち去り、ルノも「あー、馬鹿馬鹿。世の中馬鹿ばっかり!」と言いながら出て行った。アルンはもうわけがわからなくなって、とりあえず寝ることにした。





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