五 会議



 「第一会議室」と書かれた部屋にアルン、ルノ、ウラナの三人が入室すると、大きなテーブルの周りには既に何人もの人間が腰掛け、小さな声で何やら話し合っていた。灰色の帯を巻いた人が三人と、その向かい側にもう一人。それからドノスとシルイ。


「眼鏡をかけてる男の人がいるでしょう? あの人が副隊長。総隊長の側近みたいな人ね。あの人ね、すごいのよ。普通は目が悪いと火竜隊には入れないんだけど、副隊長は特例なの。目隠ししたままでも気配だけで戦えるのよ」

「ほんとですか?」

「ウラナ、どうしました?」


 灰色帯の一人が尋ね、アルンにこそこそと耳打ちしていたウラナは顔を上げて「この子の解説役よ。ルノとシルイは絶対ちゃんと教えてあげないでしょう?」と言った。何人かが頷いている。


「今、副隊長が目隠しで戦えるって教えてたんです。明日にでも見せてあげてくださいね」


 ウインクでも飛ばしそうな明るい声でウラナが言うと、眼鏡のおじさんがちょっと困っているような顔になった。低い声で「……ああ」と言う。見せてくれるらしい。


「やったあ! おもしろそう!」


 つい声に出してしまって、慌てて口を押さえる。ルノが息をするように「この馬鹿……」と言って、副隊長が「おもしろ、そう……」と感情の見えない声で呟いた。


「あ、ごめんなさい。その、絶対かっこいいと思って、違う、勉強になるので」

「いや、構わない……口に出さぬだけで、どうせみな曲芸だと思っている」

「いや、そんなことないですよ」


 ドノスが笑いを堪えている顔で言った。ウラナが「あの人、強いんだけどすごくネガティブなのよ。どちらかというとみんなそっちの方を面白がってるわ」と囁く。


「そうなんですか……」

「でも安心して。特別変わり者なのは副隊長と、あとはあなたの隊の人達くらいよ。他のみんなはそんなに面倒くさい性格してないわ」

「そうですか……」


 逆に不安が増した気がするが、とりあえず会議が始まるのでウラナとシルイの間に座る。シルイに小声で「怪我は大丈夫?」と尋ねたが、シルイはちらっと振り返っただけで返事をしなかった。


「おい、シルイ」


 ドノスが小突くが微動だにしない。ウラナが「大丈夫よ、あの子は誰にでもああだから。任務の話しかしない……というか、作戦に対する反論しかしないの」と言う。何も大丈夫ではない。


「なんで喋らないの?」


 本人に尋ねると、ドノスとウラナが同時に吹き出した。シルイは動かなかった。


「めんどくさいのかなあ」

「ど、どうかしら……」


 肩の震えが止まらないウラナを見て、副隊長が少し悲しげに眉を下げている。自分が笑われていると思ったのだろうか。


「始めてもよろしいですか」


 一人の女性隊員が静かに言った。皆が頷き、ウラナが耳元で囁く。


「あの人はエシテ、四番隊の隊長よ。私達の隊は気の神官五人で編成されていて、主に事情聴取と現場鑑識を担当しているわ。今日の火災では呼吸補助も」

「へえ」


 大気の神エルフトは叡智の神様としても知られている。その力を授かった気の神官は優れた風使いであると同時に、高い記憶力や思考力を持っていることが多い。つまり四番隊には賢い人が多いから、事件の調査を一任されているのだと思う。


「本日の火災現場の二箇所とも、焼け跡から魔法陣の痕跡が発見されました。ふたつ、同じものです。爆発的に高温の炎が吹き出す、しかも火柱のように高くまで上がる術でした。魔力を回転させながら増幅する、かなり新しい術が使われています。犯人には相当な魔術の知識がある可能性が高い」


 エシテが淡々と述べる。真面目そうな人だ。


「回転? なんだそれ、聞いたことないぞ」


ドノスが眉を寄せると、エシテは「まだ学会でも発表されていない術だそうです」と言ってからアルンの方を見た。


「祝福の力、魔術師でいうところの魔力が少ない人間にも使える非常に危険な術なので、論文の発表は時期を見ているとのことです。こういった場合、火竜には特別に情報が提供されることも多いですが、全て他言無用です」

「は、はい。……『こういった場合』って?」

「犯罪に使われた場合ってことだよ、馬鹿。知らないまま『謎の魔法陣』として処理すると捜査が難航するだろ。ていうか、わかんないことは後でまとめてドノスに聞いて。話を遮られると迷惑だから」

「あ、そっかそっか! なるほどね!」


 ぱあっと笑顔になって手を叩いたアルンを見て、気の神官の男の人が「ふぐぅッ……」みたいな変な音を出して机に突っ伏した。隣の隊員に「イドロ、会議中だぞ」と言われている。


「だって見てよこの子達。『無視のシルイ』に『馬鹿のルノ』、それでこの間抜けで明るい子……! この組み合わせ、最高に愉快っ……!」

「ちょっとふざけないでよ、『馬鹿のルノ』は語弊が酷いんだけど!」

「ふふ、ふふふ……決めた、君は『能天気のアルン』だ!」

「……前言撤回するわ、うちのイドロも変かもしれない」


 ウラナがぽつりといった。地味に笑えなかったアルンが「いや、能天気って」と口に出そうとした時――


「おい! どういうつもりだお前ら!」


 シルイが突然立ち上がってバンと片手で机を叩いた。アルンがガタッと椅子を鳴らして飛び上がり、ドノスが「落ち着け」と言ってシルイの背中を叩く。


「悪意を持った人間が、姿を隠して人を傷つけるための魔術を使っているという話だろう! なぜ笑っているんだ。無辜むこの犠牲が出たかもしれないというのに!!」

「君の言うことはもっともだが、彼らは少し冗談を言ったくらいで人命を軽視する人間ではないよ」


 副隊長が静かに言った。爆笑していたイドロが「申し訳ありません」と慌てて姿勢を正す。シルイが怒った顔のまま迷うように皆を見回し、ゆっくり椅子に座り直した。


「故に私達四番隊はまず、少なくとも二件の火災に関わっている推定魔術師の捜索を始めますが……それよりもまず、共有しなければならない情報があります。五番隊の集会所火災は無人、我々が向かった民家の火災では水の神官が往診中、ここ三ヶ月で起こった残り三件の火災も、なんらかの形で神官が火傷あるいは煙を吸って治療院に搬送されています」


 皆知っていることだったのか、それに不安な顔をしたのはアルンだけだった。エシテもこちらを向いて話しているし、アルンに向けた説明なのかもしれない。


「火災だけではありません。昨日は本殿前で原因不明の異臭騒ぎがありましたし、一昨日は『豊穣の使者』の一人が暴走した馬車に撥ねられました。魔術師の犯行を示唆する手がかりはありませんでしたが、無関連と決めつけるには、あまりに短期間に神官ばかり被害に遭っています」

「……神殿の人間が狙われているんですか?」


 恐る恐る尋ねると、エシテは「確証はありませんが、その可能性があります」と頷いた。

 

「故にその前提で捜査と対策を進めるにあたって、明らかにしておきたいことがあるのです――ドノス」


 突然名前を呼ばれたドノスが不思議そうに「ん?」と言う。


「あなたはなぜ、総隊長に危険視されているのですか?」






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