第157話 暇?

 翌日朝、ボロアパート。

 結局昨日は俺が社宅にいる間に誰も帰っては来なかった。

 何なんだろ? 全員で衣装合わせって……。何かのイベント用って事か? まあいいか、俺には関係ないし、知った所でその衣装を見る事すら出来ないからな。

 制服の上着に袖を通し、スマホで時間を確かめる。

 そろそろ出かけるか、俺はアパートの外に出て使い古した自転車に跨った。

 いつも通りの朝の通学路、自宅から一個目の信号での仁科坂との図ったような遭遇。

「おーい、仁科坂!」

 俺の声に彼女が振り向いて手を振る、内巻きボブが可愛らしいソバカス顔が笑顔でこちらをを見つめていて俺も釣られて笑顔になる。

「お早う、仁科坂! 昨日は用事、間に合ったのか?」

 俺は信号待ちをしている彼女の隣に自転車を並べた。

「お早う、藍沢君。大丈夫、昨日は間に合ったよ」

「あんなに急いでどこ行ってたんだ?」

 仁科坂は急に困った様子で視線を逸らし、顔を赤らめる。

「内緒だよ、だけど本番は見に来て欲しいな……」

「本番? 本番って何だよ?」

 俺は怪訝な顔で彼女に聞き返した。

「あっ、駄目、まだ言えないんだった」

 信号が青に変わり、仁科坂はペダルを漕いで俺から離れて行く。

「おい! 仁科坂、待ってくれよ!」

「遅刻しちゃうよ、早く行こ?」

 仁科坂は立ち漕ぎでグングン俺を引き離す。制服のスカートが風になびき、ひらひらと舞い、色白な太ももの裏が大きく露出していてギリギリ下着が見えないのがなんとも言えないエロさを醸し出す。

 俺がその光景を目に焼き付けるように眺めていると信号が点滅していることに気づき、慌ててペダルを漕ぎ始めた。あぶねー! 見惚れて置いてかれるとこだった……。

「待ってくれ、仁科坂!」

 俺も立ち漕ぎで自転車を加速させた。



 高校に着き、仁科坂と教室に入るとレオナが近づいて来て俺は身構える。

「おはよう、仁科坂ちゃん」

 は? 俺じゃないんだ……。いつも朝からじゃれてくるレオナに肩透かしを食らう。

「おはよう、川崎さん」

 川崎さん? 久々に聞いたぞその名前……俺は思わずニヤけてしまい、レオナに睨まれる。

「何さ作也! 今、私が川崎って呼ばれて笑ったでしょ?」

「ゴメンゴメン、違和感あってつい……」

 レオナは小さくため息をついて「まったく」と呟いた。

「それより仁科坂ちゃん、昨日はお疲れ様」

 ん? 仁科坂とレオナが昨日一緒だった? 珍しいな……。

「大変だったでしょ? 仁科坂ちゃんJカップだからかなり苦戦してたよね?」

 へっ? Jカップ⁉ マジで? 仁科坂が以前ベッドで胸を晒したとき、かなりおっいきとは思ったが……。俺は思わず彼女の制服越しでもわかる大きな胸を眺めてしまった。

 しかも、苦戦するってどういうこと?

「か、川崎さん! 恥ずかしいこと言わないでよ!」

 俺をチラリと見た仁科坂は頬を染め、背中を向けて腕を組み、両腕で胸を隠す。

 ヤバっ! 仁科坂の胸を思いっきり見ちまったのがバレた。

「いーなぁ……私もそれくらいデカかったらなぁ」

 レオナは俺と視線を合わせる。

 い、いや……川崎さん……君は俺が見た中で一番の美乳だと思うぞ……。

 なんだがこの女子トークの場に混じっているのが居心地が悪く、俺は急に恥ずかしくなって来て逃げ出した。

 二人から離れた俺は自分の席に向かって歩き出した、すると忍者のように迫る人影が……。

「あーいざわっ! おはよっ!」

 無邪気なヲタクが背中から抱きついてきた。

「お、おう! 一ノ瀬……」

「あ、あのさ……藍沢……」

 一ノ瀬は急に頬をピンクに染め、モジモジしながら俯いた。

「えっと……その……」

「ん? なに?」

 一ノ瀬は大きく息を吸った。

「あ、藍沢っ! クリスマス暇?」

 緊張で体が強張ったのか、一ノ瀬の大きな声が教室に響いた。

「ちょ! 加奈子っ! 抜け駆けする気⁉」

 花蓮がすっ飛んで来て俺と一ノ瀬の間に割って入る。

「えっ? クリスマス? だいぶ先だからまだわからないよ……」

 俺は回答に困り、頰を掻いた。

 レオナも騒ぎを聞きつけて一ノ瀬の背後に回り込んで抱きついた。

「一ノ瀬ちゃん、作也に自分をプレゼントする気?」

「ば、馬鹿なこと言わないでよ! そんな訳ないじゃん!」

 顔から湯気が出そうなほど顔を赤らめた一ノ瀬はレオナを振りほどいてまくしたてる。

「図星だからって怒らないでよ」

 片手を腰に当て、レオナは一ノ瀬を子供扱いしているかのようにからかい、軽くあしらうと、俺の目の前に近づいて立ち止まった。

 澄んだグリーンの瞳が俺を見つめ、頬が触れ合うくらい接近したレオナは耳元で囁いた。

「私もクリスマス作也とデートしたい、夜空いてるでしょ?」

 顔を離したレオナが俺の胸を細い指先でツンと突く。

 軽く触れたレオナの指先から電撃が走ったと錯覚するくらい俺の体がドキンと脈打つのを感じた、クリスマスの夜? それって……。

 レオナが赤白の下着姿で自分にリボンを付けて『作也にあげる』と迫ってくる姿を想像してしまい、体が熱くなる。クリスマスはヤバい! 千里だってきっと俺を誘う、花蓮だって黙ってはいないだろう……もしかしたら仁科坂だって……。

「そ、そうだ……皆でクリスマスパーティーしようか……?」

 は? ヤバっ! 俺は何を口走っちまったんだ! これは逃げ口実、なんの解決にもならないのに。

「夜ならいいけど」

 花蓮が呟き、レオナと一ノ瀬も同意を示す。

 何で夜に拘るんだ? 俺はいらぬ想像で目眩がした。

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