第158話 公開
「おかえり、千里……」
社宅の食堂で俺は制服姿の千里を捕まえて緊張しながら声を掛けた。
「千里……クリスマス暇?」
「クリスマス? イブですか?」
「そ、そう、イブの日の土曜日……」
「イブは朝から夕方までイベントがあって……夜ならいいですよ」
千里はニコニコしながら続けた。
「作クンに誘ってもらえるなんて嬉しいです! イブは二人で何処に行きましょうか?」
や、やっぱりそう来るよな……俺は唾を飲み込んで緊張を和らげる。
「イブの夜、皆でパーティーしょうかと思って……」
千里の笑顔が一瞬で消え、鋭い視線が俺に刺さる。
「皆で……?」
「だ、ダメかな……?」
怖い目で俺を眺め、千里は黙ったまま。沈黙の緊張感が俺の首を締め上げているみたいで息苦しい。
千里は肩の力を抜き、小さなため息をついた。
「ま、いいですけど……」
「ゴメン……」
「何で謝るんですか?」
「その……二人きりじゃなくて……」
「じゃあ、今晩9時に私の部屋に来てください、作クンに私を見せたいんです。あっ、9時ちょっと前に来てくださいね? 待ってますから」
千里は頰を赤らめて階段に走った。
「えっ? ちょっと千里……」
俺に私を見せたいってどういうこと? ま、まさか……。
俺は勝手に千里が下着姿で部屋で待ち構えている映像を想像してしまい、全身が汗ばんだ。
晩飯時、食堂には俺と千里と花蓮だけが居た。おいおい! これって一番緊迫感あんだろ、他の奴らはまだ帰ってこないのかよ。
食卓で向い合わせの千里と花蓮は終始無言で茶碗に箸が当たる音だけが響く。
俺は仲がいいのか悪いのか全く分からない二人に近づき、ポットでグラスにお茶を注いでやる。
「千里っち、怒ってるでしょ?」
箸を止め、花蓮はニヤニヤしながら千里を見た。
「はぁ? 何で私が!」
千里がテーブルに茶碗をコンッ! と強く置く。
「クリスマス! 誰も作を独占出来ないんだよね……」
花蓮は文句ありありで俺を睨む。
「わ、私は別に……パーティーも楽しそうじゃないですか?」
「またまたぁ、無理しちゃって! 千里っちが一番独占欲強いくせに」
「花蓮さんこそ独占欲が無いなら作クン争奪戦から撤退したらいいじゃないですか!」
食卓で千里がムッとした顔を花蓮に向ける。
「はぁ? 喧嘩売ってんの?」
ガタッっと椅子の音を立て、花蓮が腰を浮かせて千里に詰め寄る。
ゔわーっ! ヤバいって! 誰か来てくれっ!
「また喧嘩してるの? ホント飽きないね、二人とも」
寄り道して帰って来たレオナが制服姿でタイミングよく食堂に姿を現し、呆れたように言った。
助かった! 安定剤的レオナの登場に俺は安堵した。
彼女が介入すると場が和む。ま、待てよ……嫁にするならレオナが一番安全かもな……。
「ん? 作也……最近私見てる時おかしくない? そんな熱い眼差しで見詰められたら照れちゃうよ……」
えっ? 俺、そんな目……してた?
気が付けば他の二人の視線が俺を刺す勢いなんだけど……。
「あははは、気のせいだろ?」
俺は乾いた笑い声を出してキッチン内に逃げ込み、作業をしているふりをして冷蔵庫を覗いた。
9時少し前、千里の部屋をノックすると速攻ドアが開き、俺を細い腕が引っ張り込んだ。
「うわっ! ちょ! 千里!」
俺はつんのめりながら千里の肩を掴んで体を支えた。
「時間が無いんです、早くっ!」
白シャツに紺のロングスカート姿の千里が俺の背中を押して机の椅子に座らせる。
机の上にはノートPCが開いて置いてあり、画面には残りの秒数を示すカウンタダウンが表示されていた。
「何これ? ニコチューブ?」
世界最大の動画共有プラットフォームで動画を見せられ、俺は訳が分からず困惑を隠せない。
ポップな文字が3、2、1と時を刻み画面が暗転する。
青い木目のギターが画面いっぱいに映り子気味の良い演奏が始まると全身でリズムを刻む痩せた男性ボーカリストがマイクを握る。
「えっ? これってもしかして……」
サイレンスエイジの岩崎岳が歌い始め、俺は思わず隣でしゃがみながら画面に見入る千里の横顔を眺めた。
「私じゃなくて画面を見て下さい!」
千里はノートパソコンを指差す。
岩崎からカットが変わり、女性の後姿が映し出された。
「千里だ!」
俺にはシルエットだけで千里だと判断が付く、画面の中の女性が走り出し次の瞬間、千里の顔がアップで表示された。
「あっ……恥ずかしいです」
滅茶苦茶可愛い……。新人でいきなり抜擢されるだけの事はあるスタイルと美貌、マジで天使なんだけど……。
5分弱のミュージックビデオが終わり、千里は俺に抱き着いて動かない。
千里は体を小さく震わせ、鼻をすすった。
静かに泣いている千里の背中をさすり、俺は「すごく良かったよ」と声を掛けた。
顔を上げた千里が手のひらで涙を拭うと、机に置いてあった彼女の携帯が振動し出し、SNSの通知音が次々と響いた。
「えっ? えっ⁉」
振動も通知音も止まらないスマホは机の端に震えながら移動し、千里は慌ててスマホを握ってベッドに腰かけた。
「えっ? 凄いです! 物凄いメッセージの数!」
俺は驚く千里の姿に頬を緩め、もう一度ミュージックビデオを再生しようとマウスをクリックする。
「は? 千里、もう再生数2万超えてるぞ!」
「ほ、ホントですか?」
千里は立ち上がってノートパソコンを覗く。
再び再生された動画に急上昇マークが赤文字で表示されていて、動画横のチャットには『この娘誰?』『可愛すぎる!』『惚れた!』などと千里に関するコメントで溢れ返っていた。
俺はそのコメント欄を見つめ、物凄く誇らしく思ったが、なんだか千里が遠くに行ってしまったみたいで胸が苦しくなってしまった。
そうだ、俺も……。
ポケットからスマホを取り出した俺は、数少ない知り合いにニコチューブの動画リンクを張ったメッセージをSNSで送った。
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