第154話 一ノ瀬のお願い

「な、何で二人がいるのさ!」

 一ノ瀬が帰って来るなり食堂で食事をしているレオナと花蓮を見つけて言った。

「加奈子、お帰り!」

 花蓮は素っ気なく答えてプチトマトを口に運ぶ。

「は? 何それ、先輩ってもしかして……」

「一ノ瀬さん、二人は私たちの後輩なので厳しく指導しましょうか?」

 千里は箸を持った手で口を押さえ、クスクス笑う。

「千里ちゃんこそ、モデルになって早々不祥事起こしたって噂で聞いたけどホントなの?」

 レオナが微笑して、向かいに座っていた千里の顔を覗き込む。

「うっ!」

 サラダを食べていた千里は息を詰まらせたかと思うと急に激しく咳込んだ。

 キッチンから様子を見守っていた俺は慌てて千里に歩み寄って背中を擦る。

「レオナ、それ守秘義務違反で罰金一億円な!」

 俺はレオナを睨んで言った。

「なにそれ? その小学生みたいな脅し」

「いや、マジなんだって!」

「えっ? 千里ちゃん、いったい何やらかしたのよ?」

 レオナは花蓮と顔を見合わせ、千里に聞いた。

 一ノ瀬は苦々しくレオナと花蓮を眺め、小さくため息を付いた。

「また藍沢が四分の一になっちゃった」

 口を尖らせた一ノ瀬の雰囲気がいつもと違う、髪はくりんと外はねしていて化粧をしているみたいでなんかその……。

「可愛いな、どうしたんだよ一ノ瀬」

 言った途端に食事をしている三人からジト目を浴びせられる。

「えっ? あ、あのね、今日撮影があったんだ。小さな商店街の広告なんだけどプロの人がやってくれて……藍沢に見せたくて急いで帰って来たんだだけど……」

 上目遣いで俺を見る一ノ瀬は恥ずかしそうに語尾が聞き取れないほど小さくなった。

「一ノ瀬、食事は?」

「疲れたから後でいい」

 一ノ瀬は制服の上着のポケットからスマホを取り出して階段へ向かう。

「そっか。じゃ、また後でな?」

 俺が声を掛けると一ノ瀬は背中で手を振った。

 俺はキッチンに入って途中だった朝食の仕込みを再開しようとするとスマホが振動した。

 何だ? ズボンのポケットの隙間からスマホの画面を確認すると一ノ瀬からのメッセージが届いている事を知らせていて、俺は内容を確認しにSNSのアイコンを押す。

『今すぐ部屋に来て欲しいんだけど』

 何だこれ? ちょっと事件が起こりそうな気がするのは気のせいか?

 今日は同級生に振り回されっ放しで怖いんだけど……。

 だけど今すぐって書いてあるし……。直ぐって、待てないって事だよな……。

 でもどうする? 今、二階に向かえば絶対に怪しまれる。

「あっ! そういえば!」

 俺は独り言を聞こえるように言った。ちょっと棒読みっぽかったけど大丈夫か? いや、ここは堂々と階段に向かうんだ。

 食卓の三人は俺をチラッと見たが、気にする様子はなく他愛のない話をしている。今だ、今しか無い! 落ち着いて普段通りに。

 二階の一ノ瀬の部屋の前に立ち、俺は小さくドアをノックする。

 数秒後、静かにドアが開いた。

 一ノ瀬は制服を脱いで物凄い薄着になっていて俺は一瞬たじろいで固まった。

「何突っ立ってんの? 早くっ!」

 一ノ瀬が手を引っ張り、俺を部屋の中に引き込んだ。白いタンクトップにデニムのほつれたホットパンツ姿の彼女は決して小さくないバストの谷間を晒している、白い双丘は肌がきめ細かく部屋の明かりを反射していて俺は目のやり場に困ってしまう。

 なんてエロい恰好してんだよ一ノ瀬! ヲタクのお前がそんな服どこで買ったんだ? モデル仲間に変なことでも教わったんじゃ無いだろうな?

 一ノ瀬はベッドにうつ伏せにダイブして、体がぽわんとバウンドした。靴下を脱いでいた彼女の足の裏が見えてなんかエロい! 俺、生の女の子の足の裏、久々見たかも。

「藍沢、マッサージしてよ!」

「は、い?」

 俺は自分の耳を疑った、一ノ瀬の今のセリフが頭の中でリフレインして止まらない。

「い、いや、一ノ瀬。俺そんなのやったこと無いし、近くの手揉み屋にでも行ってみたらどうなんだ?」

「嫌だよ、高そうじゃん! それに知らない人だとリラックス出来ないし……。今日は仕事で緊張し過ぎて体がカチコチなんだよ、だから背中と腰揉んでくれればいいから、ねっ?」

 一ノ瀬は枕に顔を埋め、腕で抱えるようにしたまま俺を待っている。ど、どうすんだこれ? 仕方が無い、軽くやって退散するか……。

 俺はベッドの真横に立ち、うつ伏せになっている一ノ瀬の背中を軽く揉み始めた。

 うわっ! 柔らかい! 背中なのに男と全然違う感触に俺は全身から汗が噴き出した。たった一枚の布越しに伝わる一ノ瀬の体温、そしてしっとりとした手触り、華奢な体に俺はどれぐらいの力を入れたらいいのか分からず軽く触る事しか出来ないでいる。

「藍沢、くすぐったいよ。もっとちゃんとやってって!」

「ちゃんとって言われても……」

「私の上に跨っていいから、もっと体重掛けてくれない?」

 跨る? 何処に?

 背中から腰ってことは……太もも辺りに跨ればいいのか?

 俺がベッドに上がるとマットレスが大きく沈み込んだ。

「い、一ノ瀬、乗るから重かったら言ってくれ」

 俺は恐る恐る彼女のもも裏に腰かけた、と言うよりは跨って膝で体重を分散する苦しい体勢。

「こうか?」

 俺が手のひらで彼女の背中を押すと一ノ瀬は「あーっ、そこらへん」とユルイ声を出す。

 俺はグイグイと彼女の背中をリズミカルに押し、その都度スプリングマットレスが反発する。

「あと、下の方も。そう、腰の下辺り」

 一ノ瀬の小さなお尻が揺れている、ほつれたデニムパンツの隙間から赤いチェックのショーツと尻肉がはみ出していて俺は思わず目を逸らす。

 10分ほどマッサージをすると体が暑くなって来た。

「なあ一ノ瀬、そろそろいいか?」

 俺は彼女に終了を促す。

「あと少しだけ、足も疲れてるの! もも裏も揉んで」

「ここか?」

「うん、そこ……」

 うわっ、なにこの柔らかさ、ちょっと気持ちいい。

 俺の手に思わず力が入り、一ノ瀬の体がビクンと跳ねた。

「ゴメン、痛かったか?」

 俺は彼女の体から手を放して様子を伺う。一ノ瀬は体を触っていないのに、またビクンと体を震わせ枕から顔を上げて熱い息を吐く。

「大丈夫だよ、作也くん……」

 やばっ! 一ノ瀬の名前呼びは危険だ!

 俺は咄嗟にベッドから飛び降り、「もういいだろ?」と逃げる体勢。

「えーっ! いま、いいとこだったのに……」

 何だよ、いいとこって!

 不満げにベッドから上半身を起こした一ノ瀬は顔が真っ赤になっていて明らかにメスの顔になっている。

「俺、やることあるし、そろそろ行くから」

 これ、ここに居たらアウトなやつだろっ! こういう時の一ノ瀬の行動はホント読めない。

 ドアノブに手を掛け、俺は警戒しながらそっとドアを開けて廊下に出る。

 音を立てないように静かにドアを閉めようとした時、一ノ瀬が言った。

「ありがとう藍沢、またしてね?」

「じゃあな」

 俺は回答を保留してドアを閉めた。これはダメなスキンシップだ、一ノ瀬には悪いが次はしないからな!

 秋の夜の廊下はひんやりしていて俺の体をクールダウンさせるのに丁度いい、俺はガラスに映る自分の顔が緩んでいないか暫し確かめてから階段を降りた。

 

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