第152話 遭遇

「お待たせ」

 食堂のテーブルに焼き立てのクッキーを運び、「お嬢様、お茶のおかわりはいかがですか?」と二人をもてなす。

「うわぁ! 花蓮ちゃん、まだ熱いよ」

「ホントだ、しかも良い匂いっ!」

 レオナと花蓮は椅子からお尻を浮かせ、クッキーが盛られた皿に引き寄せられている。

 俺は花蓮とレオナにクッキーを焼いてやった。短時間に出来て材料もシンプル、しかも出来立ては美味い。美少女へのご機嫌取りにはもってこいだ。

 二人の美少女が口に次々とクッキーを放り込んでいると玄関のガラス戸が開いた音が聞こえた。

「あっ、良い匂い……」

 この声は千里! この間の顔面キスだらけ事件以来、仲直り出来ていない俺はギクリと体を硬直させて唾を飲み込む。

 コツコツと靴音が響き、千里がこちらに近づいて来る。お盆を抱えて食堂に直立する俺を発見した千里は、セーラー服姿で俺を一瞥するなりフンッと顔を逸らして食堂を素通りし、階段に向かおうとちょっと早足。

「また喧嘩してるんだ? なら、私が作のこと引き受けたから!」

 花蓮が椅子から立ち上がって俺の上半身にべっだりと体をくっ付け、ニタニタ笑う。

「は? はぁ⁉ なんで二人がここに居るんですか!」

「千里センパーイ! お疲れっす! 私たち新人のモデル、レオナと花蓮でーすっ!」

 そう言ってレオナも椅子から立ち上がると、前屈みになって千里に右手で敬礼をしておどける。

「な、な、な……」

 動揺を隠せない千里は後ずさって固まっている。

「千里ちゃんって、いっつも作也のこと脅して支配しようとしてるけど、そういうのは良くないと思うよ?」

 レオナは俺の腕を掴んでギュッと体を寄せた。腕が胸に挟まれて柔らかい感触とは裏腹に体に電気が走る。

「何で私が作クンを脅すんですかっ! 別に私は作クンと喧嘩なんかしてません!」

 千里はムキになって声を張っているみたいで、顔を紅潮させた。

「そうなの? 作は千里っち見た途端に緊張感漲らせてたみたいだけど大丈夫なの?」

 花蓮がわざとらしく俺を見つめて猫なで声で首を傾げる。

「お、俺は千里と喧嘩なんかして無いって! な、なあ、そうだろ?」

 花蓮とレオナはここぞとばかりに千里を攻撃し、俺との仲直りを妨害しに掛かる。だけど、それは千里には逆効果なんだよ。

「もちろん喧嘩なんかしてませんよ! いつも私たちは仲良しですから。そうだ、作クン、後で私の部屋に来てください、お願いしたい事があるんです」

 千里は怖いくらいの笑顔で俺に優しく声を掛けた。何だよお願いって……お仕置きの間違いじゃ無いだろうな……。

 千里は余裕ぶって二階に消え、花蓮とレオナは煽りに乗って来なかった千里に肩透かしを食らったみたいでつまらなそうな態度を示す。

「私たちも部屋に戻ろっか? 荷解きしないとね」

 レオナが花蓮に促し、二人は階段に向かう。

「晩飯は7時から9時の間に来てくれ!」

 俺は二人の背中に声を掛けた。

「オッケー」

 階段を登る足音に混じり、レオナの声が微かに聞こえ、俺は脱力して食堂の椅子にドッカリと腰を降ろした。



 晩御飯を作り終え、6時をまわった頃、俺は辺りを警戒しながら千里の部屋のドアを小さくノックする。

 多分隣の一ノ瀬は部屋に居ない。だけど、とても落ち着かない。

 シーンと静まり返ったドアの前で立ち尽くす俺は少し緊張していた。だって、どう考えたって千里とは仲直りしていないからだ。

 カチャリと鍵が開く音が聞こえた、だけどドアは開かない。えっ? これって入っていいいのか?

 俺は恐る恐るドアノブに手を掛けてドアを開けた。

 中からは女の子の部屋特有の化粧品のような良い香りが漂い、俺は無意識に大きく息を吸い込んだ。

 千里は私服に着替えてベッドの上に行儀よく腰かけていて、チラリと俺を見て直ぐに視線を逸らす。

 背中でドアを閉め、俺は千里に「お願いしたい事って何?」と聞いた。

 俺の言葉に千里は黙ったまま、俺を視界に入れず俯いている。

 俺は千里の隣に座って「まだ怒ってるの?」と囁いた。

 ベッドが軋み、マットレスが大きく沈み込み、千里の体が僅かに揺れる。

「怒ってはいません、だけど……最近作クンが本当に私を好きなのか分からなくて」

 千里はキュロットスカートから露出した白い生足の上て軽く両手を組み、親指を落ち着きなく動かしている。

「そんなの大好きに決まってるだろ?」

 俺は千里に体を向けて座り直し、真面目に答えた。

 ピクンと体を僅かに動かした千里は黙ったまま、なんか気まずい。

「みんな大好きなんですよね?」

「えっ?」

「それは知ってるからいいんです。だけど今、私は一番なのかなって……」

 千里は俺の方を見ずに伏し目がちで呟き、長いまつ毛に影が出来ている。

「ち、千里……前、俺が千里と結婚するってお父さんに言ったこと覚えてる?」

「覚えてますけど……」

「俺、千里と結婚したい! その気持ちは今も変わらなくて……だけど――」

 千里は俺の唇に人差し指を立てて押し付けた。

「『だけど』はいりません……。わ、私も作クンと結婚したいんです」 

「千里……お、俺っ! 千里と――」

 ドアが激しくノックされた。

「千里っちー! ハサミ貸してくれない?」

 ドアの向こうで可憐の籠った声が聞こえた。

 俺と千里は顔を見合わせて慌てふためき、部屋の中をウロウロする。

「ち、ちょ……隠れてください!」

 千里は小さな声で俺をクローゼットの中に押し込んでドアを開けた。

「何その顔? なんかあったの?」

 花蓮の大きな声が部屋に響き、足音が聞こえた。

「ハ、ハサミですよね、ま、待って下さい、今、探しますから」

「ふーん? 小綺麗に使ってるんだ? 私の部屋と同じ形だけど……なるほどね。クローゼットはどう使ってるの?」

「うわああーっ!」

 千里の狼狽した絶叫が響く。

「な、な、なによ! いきなり大きな声出さないでよ! びっくりするじゃない!」

 ヤバいヤバいっ! だけどクローゼットに押し込められた俺には息を殺して物音を立てないことしか出来ない!

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