第151話 新たなる住人

『藍沢く~ん、今日から食堂6人分だからよろしく!』

「えっ? そうなんですか? 了解です、今ちょうどスーパーに買い出しに来てて助かりました」

『これでだいぶ賑やかになるんじゃない? あ、だけどウチのモデルに手ぇ出したら殺すからね?』

 サラッと怖い事言ってんじゃねーよ、杉岡美智子っ!

 プツリと電話が一方的に切れ、俺は買い物籠を肘に抱えたまま脱力した。

 やっと半分の部屋が埋まったってことか、満室になったら結構キツイかもな、この仕事。

 新しい人が二人増えるって事か、あげはみたいに変な奴じゃ無きゃいいけどな。

 あげはって俺のこと好きなのかな? い、いや、そんな訳あるかっ! 絶対俺をからかって楽しんでいるいるだけだ。

 今日のメニューはどうすっかな? 予算も限られてるしあんまり高い買い物は出来ない、肉が続いたからそろそろ魚と行きたい所だがちょっと無理か……頭の中が混乱して俺はまるでスーパー内を周回するランナーのように食材を探しまわった。



 買い物を終え、社宅に着くと軽自動車の運送業者が入り口の前で荷下ろしをしていた。どうやら新たな住人がやって来たみたいで布団やプチプチにくるまれた荷物を次々に中へ搬入している。

 ここに移住して来るのは全員モデルだ、俺は新たな出会いに期待感を膨らませ、きっと可愛いいんだろうなと想像してしてまう。

 俺は社宅の入り口を通り過ぎキッチンへ直行する。のんびりしている暇は無い! 仕事を全うしないと!

 だけど焦る必要は無い、俺は適当に料理を作るのが得意で冷蔵庫の余り物でもそれなりの物を作る自信はある。これは長年一人暮らしをして来て身についた適当スキルだが、誰に教えて貰った訳でもないけどちゃんとした物が出来てしまう。

 炊飯器に米をセットしていると背後から声が掛かった。

「作っ、コーヒー淹れて!」

「私は緑茶!」

「オッケー、ちょっと待っててくれ…………ん?」

 俺は怪訝な顔で食堂を眺めた。

 食堂のテーブルには花蓮とレオナが制服姿で向かい合わせに座り、頬杖をついてこちらを見ていた。

「は? 何やってんの? お前ら……」

「作也。私、疲れちゃったから甘いのも食べたいんだけど」

「お茶もスイーツも近くのコンビニに売ってるから買って来いよ」

 俺は素っ気なく二人に退場を促す。

「はぁ? 作っ! アンタここの管理人なんでしょ? だったら住人の家来なんだからサッサとやりなさいよ!」

 キッチンのカウンター越しに花蓮がヅカヅカ迫り、俺に鋭い視線を向ける。

「花蓮、邪魔しに来るなら帰ってくれ。俺、仕事中なんだけど」

「私たち、ここの住人なんだけどっ!」

 カウンターをバンッ! と手のひらで叩き、花蓮は俺を睨み付けた。

「なんだよ? 住人って……」

「だからっ! 私たち、サジタリウスのモデルなんだけど!」

 口を尖らせて花蓮は少し照れくさそうに言った。

「へぇ…………はぁ⁉ ま、まさか契約したのか?」

 俺は声が裏返りそうになった。

「そゆこと」

 レオナが後ろでにへらと笑い俺に手を振る。

「えっ? 新しい住人って……二人の事なのか? だって二人は杉岡さん毛嫌いしてただろ?」

「だってあのオバサン差し引いてもモデルって面白そうじゃない? だからちょっとやってみようかなって……。作も彼女がモデルだと誇らしいでしょ?」

「ちょっと花蓮ちゃん! 何どさくさに紛れて彼女ぶってる訳?」

 レオナが不満げに食堂の椅子から立ち上がり、カウンター越しに並ぶ。

「いいじゃない! モデルになったのは作がここに居るからだし、あんなヒステリーな千里っちに作は任せられないでしょ?」

「花蓮ちゃんだってヒステリーじゃない? 作也も面倒くさいでしょ? いちいちご機嫌とるの……だったら癒やし系の私と……」

「はぁ? アンタのどこが癒やし系なのよ! 日本語の意味解ってる? あぁ、レオナっちには無理か……」

 花蓮はレオナの顔を見て、フッと笑った。

「花蓮ちゃん! いま、ハーフのことディスったでしょ!」

「あーうるさい! レオナっちは被害妄想なんだって!」

 二人はぐぬぬと睨み合い、一触即発状態。

「お、落ち着けって二人とも」

 俺は恐る恐る二人に声を掛けた。

「「はぁ? 誰のせいで揉めてると思ってんのよっ!」」

 二人の声が重なり、同時にカウンターを手のひらで叩き、俺を睨む。

 息ピッタリじゃねえかよ、お前らホント仲良しだな……。

 のけ反った俺は二人にお茶を淹れてご機嫌をとった。花蓮とレオナが社宅に住むなんて……シェアハウスのときよりもカオスじゃねえか……。

 俺……バイト辞めるかな……いや、辞めたら確実に俺目当てで引っ越して来た娘たちに殺されるぞ。

 取り敢えずこういう時は甘い物攻撃に限る。俺は直にスイーツを作り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る