第148話 あげは
今、何時だよ? 俺はあげはの下敷きになっているスマホを抜取って時間を確認した。
「えっ? 2時……終電過ぎてんじゃねえか」
まあいいか、明日は土曜だし寝床は硬いけど我慢して寝るか。だけど俺のベッドの上には痴女が寝てるし……どうすっかな?
「あげはさん! 寝るなら自分の部屋にしてください!」
俺は大きな声で彼女の耳元に話しかける。
「うっさい……」
目を瞑ったままあげは呟き、口元からヨダレが垂れている。
「うわっ! ちょっと! 起きてくださいって!」
俺はうつ伏せのあげはを仰向けに動かしヨダレを拭いてやる。グラグラ彼女を揺らすと一瞬瞼を開けて俺の手をパシッ! と弾き、壁側に寝返りをうつ。
「あのなぁ……俺、どこで寝たらいいんだよ」
大きくため息をついた俺はベッドで寝るあげはを疎ましく眺めた。膝を曲げ、横を向く彼女は黒いタイトなミニスカを履いていて透けたピンクの下着が大きくはみ出ていた。
うっ! 相変わらずエロい下着履きやがって!
俺はあげはの下着を隠そうと捲れたミニスカを引っ張った途端、彼女が仰向けに寝返りをうち、俺の手が尻の下敷きになって指があらぬ方向に曲がる。
「痛ってーっ!」
咄嗟にに手を尻の下から抜き取り、指を確認する。今、ゴキッっていったぞ? 大丈夫かよ!
手を握ったり開いたりを繰り返し、動きを確認したが負傷はしていない。
はぁーっ……、「いいですよもう、そこで寝てて下さい」
俺は管理人室を出て食堂の椅子に座ってテーブルに突っ伏した。
数時間後。
階段から誰かが降りてくる靴音が聞こえ、俺は目を覚ました。
「あれ? 作クン、帰らなかったんですか?」
千里の声が聞こえ、俺はテーブルから顔を上げた。
「ふぁーっ……おはよう、千里……」
「おはよ……はぁ!? な、な、なんですかその顔っ!」
「は? 顔? 何が?」
千里は握りこぶしを作り、ヅカヅカ俺に迫り、耳を引っ張った。
「いででででっ!」
「その顔、どういうことですかっ!」
えっ? 顔? 手のひらで顔を触るとヌルっとした感触がした、手には赤い物が付着していて頭がフリーズする。
なにこれ……口紅⁉ あっ‼
「違っ! 違うんだ千里っ!」
「その顔でまだ言い訳する気ですかっ!」
「だ、だからっ、あげはさんが俺の部屋に来て――」
「したんですね?」
「されたんだって! い、いやされたって言ってもヤッたって事じゃないからな!」
「これは浮気です! 作クンの変態女ったらし!」
千里は踵を返し、肩を上げて階段に向かう。
「誤解だって! ちゃんと聞いてくれ!」
俺は後ろから千里の手を掴んだ。
振り返った千里は涙ぐんだ目でキッと睨み、「離してくださいっ!」と叫んだ。
「あー頭痛っ! あんま大きな声出さないでよ……」
管理人室からあげはがヨロヨロと出てきて食堂の椅子に崩れるように座る。
「うぇっ……吐きそう……」
「ちょ、あけはさんも千里に説明してください!」
あげはは俺に苦い顔を向けた。
「はぁ? 何が……。ん? アンタ何で顔にそんなにキスマークつけてるワケ? ウケるんだけど!」
弱々しく笑うあげに俺の怒りが込み上げる。
「アンタが付けだんだろうがっ!」
「はあ? そうだっけ……覚えてねーっ!」
「ホントに覚えて無いんですか、信子さん」
カダッと椅子を鳴らし、あげはは二日酔いとは思えない速度で俺の胸ぐらを掴んだ。
「何でその名前……あーっ! 思い出した! 私、タクシー降りた途端歩けなくて、取り敢えずそこの部屋入って……そしたら作ちゃん寝てて悪戯でキスしまくってベッドから追い出したんだった! てか、千里は何で泣きそうにしてる訳?」
俺に手を掴まれた千里の顔に見入るあげは不審げに俺たちを交互に眺める。
「えっ? まさか千里って作ちゃんと付き合ってんの? だったらゴメン! 私、作ちゃんに何回もチューしちゃったよ。でもさ、酔っぱらってたから許してね?」
あげはは千里を拝むように両手を合わせて笑った。
「問題は作クンです! 男の子の腕力でキスをされないようにするのは簡単でしょう? 作クンは抵抗しなかったんですよね?」
「うっ! 違っ、そうじゃなくて。俺、寝ぼけてて事態が呑み込めなかったっていうか、体が起きて無かったっていうか……」
「信用できません!」
千里は俺の手を振り切って二階に駆け上がった。
「あ~あ、行っちゃった。残念残念!」
俺はまるで他人事のあげはの態度に怒りを通り越して脱力した。
「千里ってヤキモチ焼きなんだ?」
「そうですよ! どうしてくれるんですかっ!」
「でもそれって、作ちゃんの気を引きたいからだと思うよ? 案外計算ずくだったりして」
「千里はそんなんじゃありません! あげはさんと一緒にしないで下さい!」
あげはは急にしょんぼりした顔になり、両手で顔を覆った。
「うっ、うっ……ゴメンね? そんなに揉めると思って無かったんだもん。私って最悪な女だよ」
俺の体がギクリと硬直した。な、何も泣かなくてもいいだろ!
「うぇ~ん!」
いきなり俺の首に両腕を巻き付け、あげはが胸に顔を埋めて泣き出した。
「え? ちょ……ご、ごめんなさい。泣かないで……」
どうしていいか分からない俺は抱き着かれたまま直立不動状態。
あげはは俺の胸から顔を上げ、チラリと見つめた。
あれ? 泣いてない……? 騙された? と思った瞬間、彼女は唇を重ねた。
えーっ! 何で⁉
「くっそ可愛いーっ! 作ちゃん単純なんだもん!」
あげははケタケタと子供のように笑った。
「はぁ? 何言ってんですか? マジで意味わかんないですけど‼」
「千里ってめんどくさい娘でしょ? だったら私と付き合わない?」
「付き合いません!」
「うわーっ、ショック! こんなに可愛い女の子に告られてるんだよ? 少しは嬉しがりなさいよっ!」
頬を膨らませたあげははもう一度俺にキスを迫る。
「うわっ! 止めっ!」
俺は咄嗟に食堂のテーブルの向こうに回り込む。
「キスさせろーっ!」
テーブルを挟んでの攻防はその後も暫く続いた。
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