第146話 浮気認定

 花蓮たちから解放された俺は急いで社宅に向かったが、社宅には誰も居なかった。

 まあいいか、俺も仕事をこなすだけ。晩御飯の用意をして、ついでに朝食の仕込みをしておく。

 あげはさんに指摘された事を思い出し、ローカロリーに配慮しつつ食べ応えのあるものを用意するのは意外と面白い、今日は二人には会えなさそうだけど明日、メニューの感想を聞きたい。

 俺は出来上がった晩御飯にラップをして冷蔵庫にしまった。

「ちわーっす!」

 冷蔵庫の扉を閉めると背後から声が掛かり、俺は不意を突かれてビクッっと体を震わせた。

 振り向くとキッチンの前で細身で高身長のボーイッシュな女子がこちらを見つめていた。

「あれ? あなたがここのご飯当番?」

 朝食用のたくあんをボリボリつまみ食いしている彼女が聞いた。

「えっ? あ、はい。俺、サジタリウスのバイトの藍沢作也です。一応ここの管理と食事を任されています」

「ふーん? そうなんだ……。あなた、学生さん?」

「はい、高二です」

「私は如月紗季きさらぎさき、一応モデルだよ? よろしくね!」

「よろしくお願いします、如月さんはここに住んでるんですか?」

「うん、最近引っ越して来たんだけど、引っ越し以来来てなかったんだ。これからもあんまりいないと思うけど、食事の連絡どうしよう?」

「それならSNSに社宅食堂のグループ作ったんでそこに連絡ください、連絡は食事が要らない時だけでいいですから」

「オッケー」

 彼女はスマホを俺と重ね、連絡先を交換した。

「今日は私、すぐ出かけるからご飯は要らないから。あ、でも朝ごはんはあると嬉しいかな?」

「了解です」

「じゃあね」

 如月さんはジーンズ姿の長細い足で二階に向かった。

 すっごい長い足、あんな長い足の女の人初めて見たかも……。かっこいい、俺はキッチンから身を乗り出して彼女の後姿に暫く見入った。

「スタイルいいなぁ? ですか?」

 千里の声が聞こえ、俺は慌てて目の前の食堂を見た。

 ジト目が怖い、冬服のセーラー服姿で腕組みをして指をトントンとせわしなく動かす千里に俺は思わず後ずさる。

「ち、違うって!」

「違わないでしょ! だらしない顔しちゃって! でも作クンには如月さんは早すぎます、相手にしてもらえないから諦めて下さい」

「何だよそれ! そんなの分からないじゃないか!」

 ってやばっ! なに言ってんだ俺? ムキになってる場合じゃないだろ。

「へぇ? 作クンは如月さんにかまって欲しいんですか? 私が居るというのにっ!」

「うっ! 違っ! そうじゃなくて……。と、とにかく俺は千里一筋だから」

 俺の言葉に千里は眉を潜めた。

「作クン、今の言葉本気で言ってるんですか? だとしたら相当な自覚無しですね、さすがです」

 ぐっ! 反論したいけど出来ねぇーっ! ここで反論したらもれなく花蓮、レオナ、一ノ瀬、仁科坂の名前があがるだろう、杉岡美智子の名前はあがらないと思うが余計な一言は死を意味する。

「ち、千里……ちょっと早いけど晩飯食うか?」

「そうですね。今、作クンが言った事を確認しないといけないですし。だから作クンも一緒に食事してください」

「な、何だよ、確認って」

 ムスッとした千里はセーラー服からスカーフをほどいて抜き取り、畳んで学生鞄にしまうと食堂の椅子に座り、黙ったまま俺を見つめた。如月さんの後ろ姿を眺めただけで浮気判定されたあろう俺は今後、千里の前では視線にも気を付けないといけないらしい。

 俺は晩御飯を温め直し、テーブルにいくつものお皿を乗せて俺も彼女の真向いに座った。

 今日の料理は昨日のあまりのシチューにカレー粉を足したやつ、だけどあげはさんに指摘されたので量は少なめ、あとは豆腐ハンバーグに野菜スティック、今までは意識しなかったローカロリーなメニューだ。

「「いただきます」」

 向い合わせの二人は声を揃えた。

 千里はさっそく人参のスティックをシチューにディップして周りをキョロキョロ見渡すと、自分の口に人参を咥えて「ん〜」と顔を突き出した。

 俺の口の前でディップされた人参を口でピョコピョコと動かす千里、これってまさか……食えってこと?

 俺も辺りを見渡す、こんなところ他の住人に見られたらヤバいって!

 俺はゴクリと喉を鳴らし、千里の口から突き出た野菜スティックを咥える。

 これは擬似的なキスだ、千里は目を瞑って頬を赤らめてうっとりしている。

 野菜スティックのさきっぽを食べると千里はまた「ん〜ん」と俺を誘う。

 声がエロいんだけど……。俺はもう一口野菜スティックをかじり、彼女との唇の距離が3センチに迫った。

 すっげードキドキする。なんかこれ、普通にキスするよりよっぽど興奮するんだけど……。

 千里はゆっくり瞼を開けて綺麗な瞳で俺をロックオンしたまま短くなった野菜を人差し指で自分の口に押し込んだ。

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