第143話 住人

 ビクリと体が跳ねて、俺はスマホを床に落としそうになり、踊るように慌てて床にダイブする。

 落ちたら画面が割れる! 買い替える金なんかねえぞっ!

 俺は床に落下寸前の所でスマホをキャッチして、思わず「セーフ!」と安堵の声を漏らした。

 ホッとしたのも束の間、甲高い笑い声が食堂から響いた。

「い、今の動き最高っ! マジウケるし!」

 靴音が近づき、床に手を伸ばしてうつ伏せに寝転がる俺の視界に茶色い厚底サンダルが見えた。

 赤いラメの入ったペディキュアが色鮮やかで黒い革紐に締め付けられた色白の素足が綺麗だ。

「君、大丈夫? スマホ壊れなかった?」

 声の方向に視線を向けると、俺の頭の傍には女の子がしゃがんでいて、彼女は灰色ストライプのタイトなミニスカートから細い足をドバっと露出させていた。生足を間近で見てしまった俺はいやらしい視線を向けたと思われたくなくて視線を咄嗟に落としたが、視線の先にはスカートの中が思いっ切り見えていて彼女の透けた黒い下着が顔を出して男子高校生を刺激してくる。

 うげっ! 滅茶苦茶エロい下着履いてんじゃねえか! ムチッとした腿の間に見えるぷっくりとした下着に目が釘付けになった俺は見てはいけない物を見てしまった気がしたが数秒間凝視してしまい、慌てて目を逸らす。

「ねぇ! なに挙動ってんの?」

 俺のほっぺたを長い爪の指先でツンツンつついて来る女の子に俺は完全に石化状態。

「いつまで寝てんの? そこはベッドじゃありませんよーっ」

 しっとりとした冷たい手が俺の手のひらを掴み、引っ張り上げられた俺は立ち上がった。

 目の前には両肩を露出させた、大きめの黒いシャツを纏った銀髪巻き髪ロングの女子が立っていて、まつ毛を盛ったであろう大きな目でこちらをジロジロ見ていた。

 目の周りは化粧が濃く、なんかキラキラした感じになっていて、シャツの袖は長く、指先しか見えない。

「君、高校生? なんか素朴で可愛い!」

 うげっ! ガチなギャルじゃねえか。俺、このタイプに免疫無いんだけど……。

「ここで何してんの?」

「お、俺? 新しい管理人だけど、君ってサジタリウスのモデル?」

「一応ね。そういう君は何者かな?」

「俺は――」

「待って! ちょっと当ててみる!」

 俺の周りを「ふぅ~ん」と言いながら一周回り、彼女の濃い香水の香りが体に纏わりつく。

「多分君は高校2年生、好きな娘はいるけど告る勇気が無くて未だ童貞。今、私に見つめられてドキドキしてて、こんな娘が彼女だったらなぁって思ってる! どう? 当たった?」

彼女は銀の巻き髪を指でクルクルねじり俺を見つめた。

「殆ど当たって無いですよ。それじゃあ、俺も考察させてもらっていいですか?」

「ほう? 君に私が分かるかなぁ? まだお子様なのに」

「じゃ、始めるから。君は幼そうに見えるけど歳は多分21歳、ギャルに変装しているけど始めたのは最近。出身は人口二千人くらいの田舎町、憧れの都会に出て来たのはいいけど道が多すぎて大混乱の方向音痴。名前は見た目に反して古風で、それが嫌で芸名を使ってる。派手な男関係がありそうだけど実は付き合った事が無くて未だ処女、だけど処女は恥ずかしいから隠してる。当たったかな?」

 目の前のギャルの大きな目は恐ろしいジト目に変わっていて、両手を握りこぶしに変え、こちらを睨んでいた。

 やばっ! 言い過ぎたかも、先に小ばかにされたからちょっと煽って思っても無い事まで言っちまった。

「何でわかるのよ!」

「はい?」

 彼女は俺の制服の胸ぐらを掴んでグイグイと壁に押し付けて来た。

「私の事、どこで聞いたっ! 答えろ!」

「い、いや、知らないって! さっき考察だって言っただろ!」

「そんな訳無いでしょ? じゃあ、何で全部当たってんのよっ!」

「ちょっと辞め……」

 声が裏返る、彼女はキスが出来そうなぐらい俺に顔を接近させ、さっきまで可愛らしかった顔をしかめていてマジで怖い。こういう時、男なら殴り合っても大して怖さは感じないのだが、反撃禁止の女の子にキレられると俺はどうにも出来ない。言わばされるがまま状態になってしまう。

「あれ? あげは先輩、何やって――作クン⁉」

 セーラー服姿で帰って来た千里が叫び声を上げ、俺とギャルの間に割って入り、二人を引き離す。

「な、何やってるんですか、二人とも‼」

「千里? 邪魔すんじゃないわよっ!」

「邪魔しますよっ! 取り敢えず落ち着いてください!」

 両手を大きく広げ、千里は俺の前で背中を向けて立ちはだかり、凶暴ギャルを寄せ付けない。

「あげは先輩、一体何があったんですか?」

 ハアハア肩で息をするあげは千里をキッっと睨み付けたが、クルリと背中を向けて歩き出した。

「私、アンタが管理人っての認めないから!」

 背中を向けたままあげはは大きな声を出し、階段を登って姿を消した。

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