第141話 オバサン

「ちょっと作!」

 昼休み、教室で花蓮が席に座る俺に文句ありげに近づいて来た。

「な、何だよ?」

「『何だよ?』じゃないわよ! アンタのお陰でこっちは毎日困ってんだからっ!」

 俺の机をバンッ! と手のひらで叩き、花蓮が悪態をつくとレオナも近づいてきて彼女に加担する。

「ホント迷惑なんだから! あの杉岡美智子!」

 レオナは俺の机の天板に腰かけ、腕組みをして俺を睨む。

 白い足が制服の短いスカートから飛び出し、足を組んだ瞬間、レオナの水色の下着が一瞬見え、俺は反射的に脳内シャッターを切ってしまった。

「レオナ、杉岡さんがどうかしたのかよ?」

 俺は目の前の眩しい太ももを視界の片隅に入れつつ、レオナのハーフ顔を見つめた。

「モデルの勧誘が凄いのなんのって、殆どストーカーだよ。こないだだって道端で「『あら? 偶然ね?』って近づいてきて長々と話されたんだから!」

 レオナは金髪をかき分け、迷惑そうに口を尖らせている。

「それって俺のせいじゃ無いだろ……」

「はあ? アンタがあの人に会わせたんじゃない!」

 花蓮が俺の目の前で歯をギリギリさせて威嚇する。

 会わせて無いだろ! だいたいそっちがコソコソ尾行して来た結果そうなった訳で、俺は全く悪くない! 

 俺は心の中で花蓮に叫んだが、この言葉を実際声に出す事は怖くて出来ない。

 この幼馴染に議論の真っ向勝負では負ける、それがたとえ正論だとしてもだ。だから俺は否定ではなく質問で返す。

「二人はモデルに興味無いのか?」

 レオナと花蓮は顔を見合わせてから俺に言った。

「「そりゃあ、気になるけど……」」

 二人の声が重なった。

「千里は杉岡さんと上手くやってるぞ?」

 花蓮は顔をしかめてプイッっと顔を逸らした。

「私は無理、あんなオバサンウザ過ぎ」

「ほんと千里ちゃん、よくあんな人と仕事出来るよね?」

 レオナもコクコク頷く。

「ちょっと加奈子! アンタはどうなのよ? アンタもあそこのモデルなんでしょ?」

 花蓮が席に座っている一ノ瀬に声を掛け、スマホゲームに興じていた一ノ瀬はビクリと背筋を伸ばしてこちらに振り返る。

「三島は杉岡さんと同類だから合わないんだよ!」

「加奈子! 今、何てった?」

 花蓮のうるさい声が教室に響く。

「あーウザ。聞こえてるくせに……」

 面倒臭そうに一ノ瀬は前を向き、スマホを眺めて指を激しく動かし始めた。

「加~奈~子~っ!」

 イラついた声を出した花蓮にレオナが「一ノ瀬ちゃんって、花蓮ちゃんには強気だよね?」と笑う。

「まあまあ、落ち着けよ花蓮」

 俺が花蓮をなだめていると手に持っていたスマホがバイブし始め、画面は『杉岡美智子』の着信を知らせていた。

「げっ!」

 レオナは俺の机の上から飛び降りた。

 画面の名前を見たレオナと花蓮は条件反射でスマホから離れ、警戒するように距離を取る。

「もしもし? 藍沢ですけど」

『あ? 藍沢君? 今学校? 帰り、事務所に寄ってくれない? いい仕事があんのよ!』

 いや、良くないだろ? だけど金が要る俺にこの誘いは抗えない。

「どうしたんですか?」

『来てくれたら話すわ? じゃ後でね?』

 プツリと電話が切れ、俺は思わずスマホに向かって「おいっ! まだ行くって言ってねえだろ!」と叫んでしまった。

「うわ~っ……」

 若干引き気味のレオナが花蓮と目を合わせて顔をしかめる。

「ま、まあ、これで二人とも今日の放課後は杉岡さんに出くわさないから良かったじゃないか?」

「ねえ? 作也って、いっつもそうやってあのオバサンに呼び出されてるの?」

「いやぁ……」

 肯定も否定も出来ない。ただ、いつも強引なのは間違いない。

「作、それってバイトなんだよね? どんなバイト? まさかオバサン相手にいかがわしい事させられてるんじゃないでしょうね!」

 花蓮の疑いの眼差しに、俺は全力で否定する。

「バ、バカだろ花蓮っ! そんな訳あるかよ!」

「じゃあ、なに頼まれたのよ!」

「うっ! それは……」

 俺は声を詰まらせる。

「怪しい怪しい怪しいっ!」

 ツインテールを振り乱し、俺の眼前でムッとした顔を付きつけた花蓮は穴が開くほど俺の瞳を見つめ続け、耐えられなくなった俺は視線を逸らしてしまった。

「否定できないんだ……?」

 勝手な想像で俺を黒認定にしようとする花蓮は、汚物を見るような目付きでため息を付く。

「違うんだって花蓮! 俺の仕事は雑用全般で、実際に行ってみないと詳しい仕事内容は分からないんだ! だから杉岡さんはいつも面倒臭がってちゃんと説明をしてくれないんだよ」

「本当かよ?」

 口を尖らせて納得していない様子の花蓮に、「じゃあ、ついて来るか?」と俺は聞く。

「行く訳無いでしょ? そんなの地雷踏みに行くようなもんだし!」

 予想通りの回答を引き出した俺は、苛ついて退散する花蓮の背中を眺めて安堵した。

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