第140話 感情疲れ

「あーっ! 絶対に誤解されましたよね?」

 狭い部屋をウロウロしながら千里は頭を抱えている。

「うん。多分、中野さんは俺と千里がエッチなことすると思い込んでたな」

 俺は千里がすぐに場をわきまえずイチャコラモードになってしまうのを戒める為に、ワザと具体的に答えた。

「千里って何で急にエッチになっちゃうんだよ?」

 これは意地悪な言葉。だけど、彼女の反応が見たくて言ってしまった。

「えっ? エッチって……」

 口をワナワナさせて赤面した千里は、ベッドに腰かけている俺の体をポカポカと連打する。

「へ、変なこと言わないで下さいっ! わ、私は別にエッチをしたいとかそんなんじゃなくて……。作クンに甘えたいって気分が抑えられなくなるっていうか……くっ付きたくなっるっていうか……。と、とにかく作クンが悪いんですっ!」

 腕を組み、俺を睨み付ける千里は責任を押し付けて来る。

 何で俺が悪いんだよ? こっちは毎度被害者だぞ? 破廉恥攻撃の連続を交わし続ける俺は聖人君子だろ!

「作クンは存在自体が女の子を誘惑するんです! 反省して下さい、今までどれだけの女の子が作クンに囚われたと思ってるんですか?」

 いや……それは無いと言いたい所だが、なんだかんだ否定できない自分が悔しい。

 なんで俺の周りの女の子は俺のことが好きになるのか分からない、こんな平凡な俺のどこに惹かれるのか逆に教えて欲しいくらいだ。

「わ、私、外の空気吸って来ます!」

 千里は逃げるように俺を置いて部屋を出て行った。

 静まり返った部屋に一人残された俺は千里のベッドに倒れ込んで、ちょっと彼女をからかい過ぎた事を反省する。

 甘えたくてくっ付きたい……。千里のイチャコラモードの正体を知った俺は体の奥から熱くなる感覚を覚えた。

 だったら俺が千里のイチャコラモードの時に積極的に反応したらどうなるんだよ?

 そんな事をしたら千里が…………。

 やばっ! ドキドキして来た。考えれば考えるほどエッチな事しか思い浮かばなくて、俺は千里の布団に顔を埋めて落ち着けと心の中で連呼する。

 深呼吸、深呼吸。

 スーハーと息を整え、リラックスしようと体の力を抜く。

 あっ……良い匂いする……。布団から花のような香りに混じって僅かに汗の匂いが漂ってきて、俺は無意識のうちに大きく息を吸い、媚薬のような匂いを楽しんでしまっている。

「作クンっ!」

 部屋のドアがいきなり開き、俺はドキンと体を跳ねるように動かしてしまった。

 千里の布団の匂いを嗅いだいたことがバレれば間違いなく殺される。

 ベッドから飛び起きた俺は顔が引きつるのを感じつつ平静を装う。

「大変なんです‼ 中野さんが倒れたんで直ぐに来てくださいっ!」

「えっ……?」

 事情を聞こうと千里に視線をやると、彼女は目の前から消え、閉まりかけるドアの隙間から走る足音が響いた。



 一階に下りると千里がスマホで119番通報を行っていて、容体を報告すると電話越しに心臓マッサージをするように告げられ、俺は司令員に言われるまま中野さんに救命措置を始めた。早く来てくれ、俺は無我夢中で心臓マッサージをし、千里が人工呼吸をする。体が暑い、時間がどれだけ経ったか分からない、祈るような気持ちで中野さんの胸に体重を掛け続ける俺に救急車のサイレンが聴こえて来て、千里は玄関に飛び出して手を大きく振るとすぐに帰って来て、また人工呼吸を再開する。

 建物の前に救急車が停まり、ストレッチャーを運んで来た救急救命士は傍観する俺たちの前で手際よく中野さんを救急車に乗せて走り出した。

 呆然とする俺と千里の手に握らされた救急感謝カード。千里は俺と目を合わせると泣きそうに顔を歪めたので、俺は彼女をそっと抱きしめた。

 千里は息を殺して泣き、俺は彼女の背中をポンポンと手で叩いて落ち着くまで待った。

「ありがとう、作クン……」

 鼻をすすった千里からかすれた声が聞こえ、彼女は顔を上げるとスマホで何処かに電話を掛けて耳に当てる。

「あっ、もしもし。見田園ですけど杉岡さんですか?」

 オフィスサジタリウスに事の顛末を告げ、千里は数分間杉岡さんと話をすると電話を切った。

 疲れた顔で俺を見る千里に「大丈夫?」と俺は声を掛けた。

「大丈夫ですよ」

 無理に笑顔を作り、気丈に振る舞う千里は俺に「部屋に戻りませんか?」と階段に向かう。

「千里、少し休んだら?」

 階段を一段登った千里は驚いた様子で振り返り、「バレちゃいました? ホントはお布団に入って寝込みたい気分なんです」と苦笑いする。

「俺もちょっと疲れたから今日は帰るよ」

「そうですか」

 千里は俺を玄関まで見送り、お互い手を振って別れると千里はガラス戸の前に立ち、俺が見えなくなるまで見送ってくれた。

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