第138話 手打ち

 翌日、急展開が起こった。

『あ、もしもし? 杉岡だけど。今日の6時に制服着て帝王プラザホテルに集合! 絶対に時間厳守だからね?』

 俺と千里は夕方、杉岡さんに電話で街中のホテル最上階に呼び出され、レストランの個室である人物と対面していた。

 美しい和室には綺麗な料理が並べられ、それを取り囲むようにスーツ姿の大人たちが居る。この空間は息苦しい、明らかに企業の重鎮が肩を並べ、不祥事の当事者も顔を並べている。

 俺と千里の真向い、テーブルを挟んで対峙するサイレンスエイジのボーカルの岩崎岳は柄にもなくパリッっとした地味なスーツを着て正座してこちらを見ていて、俺は顔を上げられない。

 多分こっち側がサジタリウスの関係者で真向かいに並んでるオッサン達がレコード会社か、所属事務所ってところだろう。

「それでは始めさせていただきます」 

 いかにも中間管理職どいった感じの相手側のオッサンが音頭を取り始め、テンプレの挨拶を長々と語る。

 俺は堅苦しいワードが多い挨拶に意識が遠のいたが、たまに聞こえてくる『懇親会』や『決起大会』という言葉に違和感を覚えた。

 なんだこれ? 俺たちの処分はどうなったんだ?

 司会役のオッサンが挨拶を言い終えるとサイレンスエイジの岩崎岳に話を振る。

 岩崎は少し俯いていた顔を上げ、俺と千里を交互に見て背筋を伸ばす。

「見田園さん、藍沢さん、先日は私がご迷惑をかけて申し訳ございませんでした」

 テーブルを挟んで深々と頭を下げる岩崎に言葉を失う。

 彼は長々と謝罪の言葉を並べ、たまに俺と目を合わせた。

 千里は謝罪の言葉に恐縮したのか、「わ、私は全然何とも思って無くて…………今回の撮影は楽しくて新鮮で、だから、このMVがお蔵入りになっちゃうのは申し訳なくて……」と逆に謝罪する。

「お蔵入りにはなりませんよ」

 相手側の重鎮と思われる人物が口を開いた。

「今回のサイレンスエイジさんの曲はとても素晴らしいです。劇場版アニメの3部作の第一弾として今回の主題歌を脚本を読んだ岩崎君が作った曲で、そのアニメの世界観に合わせたMVに無名の新人の見田園さんを抜擢したのは映画のヒロインに重なるからです。私はこの作品を成功させたい、なので残り2つのMVも見田園さんにお願いしたいと思っています」

「えっ? それじゃあ……」

 千里は目を見開いて取り囲む大人たちを眺める。

 重鎮と思われる人物が続けた。

「それと、藍沢さん。岩崎を許してはくれないかね? 怪我をさせたのは申し訳ないと彼も十分反省しているようだし、今後の医療費は弊社持ちでさせてくれると嬉しいのだけど」

「謝るのは僕の方です! 先に手を出したのは事実だし、部外者が事情も分からずに首を突っ込んで現場を混乱させて申し訳なくて……」

 俺は目の前の岩崎を見据え、「岩崎さん、すみませんでしたっ!」と深々と頭を下げた。

「許してくれるかな?」

 岩崎はテーブルの上に右手を差し出して俺と千里を見た。

「もちろんです」

 俺も右手を差し出し彼と握手を交わす、千里もその手の上に手を重ね「これからもよろしくお願いします」と微笑む。

「それじゃあ、堅苦しいのはこの辺で。おっと、その前に……」

 しらじらしい切り返しで先ほど挨拶をしていたオッサンが書類を出して、出席者全員に配った。

「えー、今回新作MVの今後の展開が示されましたので一応、守秘義務の書類にサインをお願いいたします」

 これは口封じ、守秘義務に乗じて今回の不祥事そのものを無かったことにするようだ。

 でもこれでいい。俺は書類にサインをして紙を配った男に返した。



 堅苦しい席が終わり、俺と千里は薄暗いホテルの庭園を二人で探索していた。

 緊張感で肩が凝ってしまった俺は身体をほぐすように上半身を捻って血液を循環させる。

「なんか疲れちゃいましたね?」

 日本庭園の飛び石を跳ねるように歩く千里のスカートがフワフワと舞い、細い腿の裏側が露出する。

 杉岡さんが制服で来いって言ってたのは一応、ドレスコードだったのかな?

 千里が前を行くのを見ているとこのまま手の届かないところまで行ってしまいそうで怖くなる。

「千里、きっと有名になるよな……」

 飛び石の上で立ち止まり、踵で体を回転させてこちらを向いた千里は「うーん? どうなんでしょう? 私にはよくわかりませんけど」と苦笑いで応える。

「だってあのサイレンスエイジだぜ? しかもアニメだって大人気シリーズじゃないか! 千里みたいな美人なら無名でも誰だ、誰だ、って話題になるだろ?」

「なんか不思議ですね? 生活費を稼ぐ為に足を踏み入れたモデルの仕事がこんなになっちゃって。世の中には本気で有名になりたいって自分を磨いてる人たちが大勢いるのに……」

「千里はこの仕事、どう思ってるの?」

「……分からないんです。お仕事は楽しいけど、一番やりたかった事って訳ではないし、こんなに忙しくなったら大学受験に失敗しそうですし」

 胸に両手を添え、伏し目がちに千里は答えた。

「俺、千里と居ていいのかな?」

「何ですか、それ?」

 飛び石を歩いて千里は俺の前に近づいた。

「俺なんかが千里といたら釣り合わないだろ……」

「私、作クンのそういう所、嫌いです! 作クンはいつも私を守ってくれる、だからいつも一緒にいたいし、日々好きになっていくんです。だから私と釣り合わないとか二度と言わないで下さい」

「千里……」

「私が有名になったら二人で歩けなくなっちゃいますね?」

 そう言って、千里は背伸びしながら俺の頬にキスをした。

「スクープになっちゃいますね、私たち」

 クスクス笑う千里が可愛くて俺は唇にキスをねだる。

「ダメですよ! 今日の気分はほっぺにキスまでです」

 庭園を走り出す千里が遠くなる、俺は未来が怖くなって必死に彼女の背中を追いかけた。

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