第136話 リハビリ
「ち、千里は俺のこと……結局、どう思ってるの?」
千里は椅子から立ち上がると胸に両手を当て、ためらった様子で顔を逸らす。
「私、作クンのこと、大好きです!」
顔を赤くした千里はそう言い放つと俺に強く抱き着き、「ヤキモチ焼いてごめんなさい……」と囁いた。
「千里……俺こそゴメン」
俺も千里の背中をそっと抱きしめる。
彼女の黒髪が俺の腕をくすぐり良い香りが漂う、久々に抱きしめた体は細くて壊れそうで、強く抱きしめたいけど遠慮してしまう。
千里は俺の胸に顔を埋めていたが顔を上げ、「作クン……私を作クンの一番にしてくれますか?」と不安げに首を傾げる。
ぐっ! 可愛い……。
俺は千里の問いに堪らず唇を寄せ、彼女も踵を上げて応えようとする。
その時、会議室のドアが開き、「藍沢君、お給料なんだけど振込でいい? って何やってんのよ!」と杉岡さんが大声を出して突進して来た。
抱きしめ合っていた俺と千里が狼狽して体を離すと、杉岡さんは俺に飛び蹴りを食らわす。
四角いカーペットが敷き詰められた床に吹っ飛ばされた俺の上にパンツスーツ姿の杉岡さんが馬乗りになり吠える。
「アンタもウチのモデルに手ぇ出してんじゃないわよっ!」
俺はシャツを掴まれ、体をガクガク揺すられる。
「す、すいませんっ!」
「すいませんじゃないわよ! アンタ、ゴム持ってんの?」
「何ですか? ゴムって……」
「トボケんじゃないわよ! 今まで何人のモデルが妊娠して引退したと思ってんの! 千里もそういう時は着けてって言うのよ?」
「杉岡さん! 俺たち、そういう関係じゃ無いですから!」
「えっ? それならいいけど……」
俺のシャツを離し、体の上から降りた杉岡さんは両手を差し出したので、俺は彼女の手を掴んで立ち上がった。
罰が悪そうな杉岡さんは頬を掻くと、「高校生は高校生らしく、健全な交際をすること、いいわね?」と大きな声を出して逃げるように会議室を後にする。
再び二人きりになった会議室で千里が微笑みながら右手を差し出した。
「作クン! 健全な交際、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく!」
俺も微笑みながら千里の手を握る。
ビルを出た俺と千里は言葉少なく歩いていた。何だか恥ずかしい、ずっと話していなかったからかお互いが話し方を忘れたかのようにぎこちない。
このままだと直ぐ駅に着いてお別れになっちまう、だけどどうしていいか分からない。焦る気持ちが空回りして千里に声を掛けられず、そうこうしてる間に駅前が迫る。
ダメだ……。今日の所は帰るとするか、千里との会話にはリハビリが必要らしい。
駅前に着き、俺は立ち止まると彼女に声を掛けた。
「千里、俺こっちだから……」
改札を指差し、別れを告げようとする俺にセーラー服姿の千里も立ち止まる。
「ダメです」
「は?」
千里は俺の手を掴むと引っ張るように歩道を歩き始め、俺はつんのめるように彼女の横に並ぶ。
「私、足りないんです!」
不貞腐れたように真っ直ぐ前を向き、千里はスカートから飛び出た細い足をスタスタと回転させ、俺の手を引く。
「えっ? 足りないって、何が?」
千里はいきなり立ち止まると、俺に向き直って人差し指でツンツン胸をつつく。
「作クンが足りないんです! だから今日はとことん一緒にいてもらいますから!」
いきなりの独占宣告に俺はたじろいだ、とことんって……千里が満足するまでってことか?
久々に見た怒った顔も可愛いくて、俺は千里を拒否できない。
「わ、分かったから……」
俺の言葉に千里は満面の笑みを浮かべ、「それじゃあ」と、顎に人差し指を当てて空を見上げた。
「はい! あ〜ん」
「あ……あーん……」
めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……晩飯時の満席の店内で千里は俺に唐揚げを食べさせる、周りの客たちはチラチラ俺と千里の食べさせプレイを眺めていて、子供には「あのお兄ちゃん、大きいのに食べさせてもらってるよ!」と言われる始末。
顔が熱い、目の前の美少女は俺が半分かじった唐揚げを自分の口に放り込み、とても嬉しそうだ。
千里は唐揚げにレモンを絞り、自分の指をペロッと舐めて「酸っぱい!」と片目を閉じる。
俺は彼女の舌が蠢く一瞬にドキンと体がうごいてしまい、変な汗が出た。
な、何かエロかった……清楚な千里が余り見せない仕草に落ち着きを無くした俺は、彼女を視界に入れないようにご飯茶碗で顔を隠して米を頬張った。
サラリーマンや家族連れが多いオシャレとは真逆の飲食店内で何故かドキドキしている俺は、千里に感づかれないように平静を装う。
「このあと、どうしようかな?」
千里は独り言のように呟くと俺をジッと眺めた。
やっぱり、晩飯で終りってわけじゃないらしい。俺も千里と一緒に過ごせるのは嬉しい、だけど……出来れば俺の顔のアザが消えてからが良かったかな? こんなカッコ悪い顔じゃ千里に申し訳ない、ただでさえ彼女とは釣り合わない顔なのに。
「決めた」
いたずらっぽく笑った千里との即席デートはまだまだ続きそうだった。
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