第134話 奇襲
「仁科坂、学校は? まだ昼だろ?」
「藍沢君、連絡しても返信くれないから風邪で寝込んでるのかと思ったら気になって……」
「だとしても、早退はしなくても」
「だって心配だよ! 藍沢君、一人暮らしだし、辛いんじゃないかと思ったら居ても立ってもいられずに此処に来ちゃった……」
頬を赤く染めた仁科坂は体を離すと廊下でペタン座りのまま上目遣いでチラチラと俺と目を合わせ、モジモジしている。
「体は大丈夫なの?」
仁科坂は俺の胸にそっと手を当てて視線を離さない。
「何でもないから、仁科坂……学校戻ったら?」
俺の言葉に仁科坂は眉をヒクつかせて睨んだ。
やばっ! 俺、余計なこと言ったかも。
「邪魔なのっ?」
「いや、違っ! そうじゃなくて、君がわざわざ俺の為に授業に出ないなんて申し訳なくて……」
「藍沢君に私の時間をあげたいってのはダメかな?」
「えっ、仁科坂……」
ジッと見つめる仁科坂は俺の反応を待っているのか黙って動かない。
静まり返る部屋の中、近距離で見つめ合う二人。妙な沈黙に不安が襲う、彼女の瞳は俺をロックオンし続け、俺の脳内にアラートが鳴り響く。
頬を染めた仁科坂が次にどんなアクションを起こすのか見当もつかない、だから……ここは先手必勝だ。
「作也君っ‼」
「へ?」
一瞬めまいが起きたのか体がフラっとして間抜けな声を出した俺は気が付けば仰向けになって天井を見ていた。俺の胸には仁科坂が抱き着いていて、ギューっと体を締め付けて来る。
はぁ? 何これ? もしかして先手取られた?
俺は仁科坂に押し倒されていた。余りの衝撃的な彼女の行動に俺の体は解凍前の魚のように頭からつま先までピンと固まり、身動き出来ない。
仁科坂は俺の胸に顔を埋めて深く呼吸をしていてずっとくっ付いたまま。
おい、仁科坂……君って男の子が苦手じゃなかったっけ?
心臓が高鳴り、お互いが平常心で居られなくなったであろう瞬間、床に転がっていたスマホがブーブー振動を始めた。
願っても無い第三者の介入、俺は咄嗟にスマホに手を伸ばすと耳に当てた。
「もしもし?」
『あ? 藍沢くーん? 夕方事務所来れる? ちょっと頼みたい事があるんだけど』
杉岡美智子の猫なで声がスマホから聞こえ、仁科坂が俺の胸の上で息を殺して耳をそばだてている。
「夕方? 何時頃行けばいいですか?」
『学校終わってからでいいから、4時ぐらいはどうかな?』
「大丈夫です。じゃ、4時にそっち行きますんで」
『オーケー。じゃ、よろしくーっ!』
電話を切ると、仁科坂は俺の胸から上半身を起こし、馬乗り状態で口を尖らせた。多分、オバサンと話す俺にイチャイチャモードが萎えたんだろう。
「電話の話、聞くつもりは無かったけど聞こえちゃった……。バイト先からなの?」
下から見上げる仁科坂の胸……すっげーエロいんだけど……。しかも体勢がヤバい、俺の腰の上に跨り腹に両手を添えていて、まるでその…………。
要らない想像で顔が火照る、仁科坂は気分が萎えたのかも知れないが、俺はムチッとした太ももに腰回りを挟まれ悶々とした感情に支配されそうだ。
「に、仁科坂……取り敢えず降りてくれる?」
「あっ……うん……」
彼女が膝を立てて俺の体の上から降りようとした時、スカートの中がチラリと見えて、白い下着に目が釘付けになる。
「どうかしたの?」
仁科坂は床に四つん這いになって理由を言えない俺の顔を覗き込み、至近距離でニコリと笑う。
恥ずかしくなった俺は四つん這いになった仁科坂から目を逸らしたが、逸らした視線の先に彼女の大きな胸が重力に負けて更にボリュームを増していて目のやり場に困る。
床から体を起こした俺は、まだ胸がドキドキしていて原因を作った仁科坂の大きな胸をチラチラ見てしまう。
落ち着け、取り敢えず二人きりの空間から脱出するんだ。
「仁科坂、昼ごはん食った?」
「えっ? まだだけど……」
「じゃあ、一緒に食いにいかないか?」
「ここらへんで? それじゃあさ」
仁科坂はニンマリと含み笑いで俺と目を合わせた。
この笑顔、悪い予感しかしないぞ。
「教科書持ってこ?」
うわっ! 出た! 仁科坂は意識してないかもしれないがいつも俺に勉強を教える時、胸を押し付けて来るから集中できないんだよ、しかも集中しないと罸が待ってるし……。
「相変わらず嬉しそうな顔するなぁ、藍沢君は」
ドS家庭教師はリサイクルショップで買ったテーブルの上に積まれていた教科書を次々俺の鞄に詰めて手渡した。
「じゃ、行こっか?」
仁科坂は立ち上がると一人で玄関に向かい、「藍沢君、早くーっ!」とかわいい声で俺を呼ぶ。
仕方ない……今日は学校をサボったし、ありがたく勉強を診てもらうか……。
「待ってくれ!」
俺は急いて廊下を駆けた。
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