第131話 依頼

 翌日、放課後。

 俺は新しいバイト先であるモデル事務所に早速呼び付けられていた。

 一ノ瀬が杉岡さんに俺をマネージャーにしろと無理を言い、困った杉岡さんは俺をイベント時の雑用係として雇ってくれていたからだ。

 それは良かったのだが、杉岡さんは千里の事を殆ど教えてはくれなかった。分かった事といえば、千里はまだこの事務所のモデルであり、引っ越しはしたが行方不明でもないと言う事だけ。余りの情報の少なさに一ノ瀬がわざわざ対価としてモデル登録した意味を疑う。

 いや……焦るな、この目の前に居る食えない女である杉岡美智子との信頼関係を何とか築き、千里の情報を引き出すしかない。

「藍沢君、これを今すぐ駒盾山のスタッフに届けて欲しいの」

「駒盾山? 何処ですか、そこ……」

 杉岡さんは俺に現地の地図を印刷した紙を手渡した。

「はあ⁉ 二つ隣の県じゃないですか! こ、これからですか?」

「うん、こっちもイベントで人員取られてて人が回せないのよ。だから助かったわ、藍沢君が居てくれて。今すぐ出れば今日中には戻れるから急いで」

 傷だらけの大きなアルミのケースと『撮二03』と意味の分からないシールが貼られた交通用ICカードを手渡され、「レッツゴー」と杉岡さんは嬉しそうに俺の背中を押す。

 行った事も無い場所で会ったことも無い人に緊急で荷物を届けるって、不安しかないんだが……。

 俺は急いでビルを出て駅に向かった。



 中央で沼麻線乗り換え、特急で二番ホーム加見町方向で延々と終点まで行き、バス乗り換え……こんな僻地のバスって一日何本出てんだよ?

 列車に揺られ、俺はしきりに交通アプリを開き、道のりを確認していた。

 順調に行けば夜の8時頃には現地に着く。これはただ座っていれば金を貰える楽な仕事。実際俺は今、ジュース片手にスマホを眺めながら座っているだけだ。

 とはいえ逆に何もしないのも時間が長く感じる、到着まで寝ようかとも思ったが大切な荷物を盗まれたりしたら大変なことになるし……。

 俺は仕方なくどんどん田舎になって行く夕暮れの車窓を眺めた。



 寂れた駅前だな……。

 2時間以上の列車の旅は終わり、あとはバスに乗って石山停留所で降りて歩いて直ぐ……俺は杉岡さんから貰った印刷された地図の手書きで加筆された部分に一抹の不安を感じる、黒いペンで書かれた道の先に矢印で『ココ』と丸く印が付けられた適当さに「本当かよ」と思わず声が漏れた。

 駅前の小さなロータリーにバスが滑り込んで来た。あれか? 見たこともないカラーリングの退色が激しい錆び付いたバス。おいおい……ICカード使えるんだろうな? 俺、あんま金持ってないんだぞ。

 バスに乗り込むこと20分、山道をひたすら登る車内には俺しか客が居ない、外は灯りひとつ無く真っ暗闇でこんな所に路線バスが走っている違和感に心がざわつく。

 たまにすれ違う対向車のライトが行燈のように見えてきて、自分が異世界転生ものの主人公になったのではないかと疑いたくなる。

『次は石山、お降りの方はボタンを――』

 ハッと俺は我に返り、焦って窓の横のボタンを押した。

 ピンポンと年季の入った懐かしい音と共にバスの中のボタンが全て赤く灯り、目に映る光が赤だらけで俺は軽いめまいを起こした。

 足元に置いていたアルミケースを持ち上げ、揺れる車内を運転手の傍まで歩くとバスは停車した。



「暗っ!」

 街灯一つ無いぞ、ホントにココでいいのかよ?

 バスを降りた俺は山の中にポツンと一人、道沿いの谷からは激しい水の音が聞こえる。

 川が流れているようだが暗くて分からない。なんか不気味だな、俺はお化けは怖くないが熊が出て来てもおかしくない山の中にいることに若干の恐怖を感じた。

 取り敢えず地図だ! 俺はスマホで地図を照らしながら杉岡さんのペンの線を頼りに道なりに歩き出すと直ぐに砂利道を見つけた。道の脇には古ぼけた大きな看板が1枚、駒盾山石切場? こんな所にスタッフが居るのか?

 担当者は塚本さん……、俺はスマホで早速到着を知らせようと電話を掛けようとしたが繋がらない。

 電波悪すぎだろ! スマホは圏外と低レベルの受信アンテナのマークを交互に繰り返していてとてもじゃないが連絡は出来ない。

 少し歩くか……。

 俺は砂利の坂道をため息交じりに暫く登った。

 スマホの明かりを頼りに歩いていると、前方から眩しいくらいの明かりが見えて来て、ついでに何人ものバカ笑いが聞こえて来た。

 はぁ? 何だ?

 駆け出した俺の目の前に雑草の生えた砂利引きの駐車場が現れ、そこには似つかわしくない黒いミニバンとシルバーの大きなワンボックスカーが数台停まっていた。奥には2階建ての古びたプレハブがずらりと立ち並んでいるが、今は使われていないみたいだ。

 光りは建物の奥に見え、散発的な男たちの笑い声もそこから聞こえて来る。

 建物を通り越すと広大なすり鉢状の石切場が見え、片隅に人が集まっているのが目に入った。

 ホッとした俺は駆け足で石切場を降りて、その人たちに近づいた。

 人数はざっと30人くらい、彼らは石切場の石を椅子にどう見ても宴会をしているように見える。俺はアルミケースを抱えて近くの男の背中に声を掛けた。

「すいません、オフィスサジタリウスからのお届け物です、塚本さんは居らっしゃいますか?」

「お? やっと来たーっ! 塚本さん、届きましたよ!」

 彼が缶ビールを片手に大声を出すと宴会の席から一人立ち上がり、こちらに近づいて来る。

「俺が塚本だよ。君は杉岡の使い? 遠い所お疲れ!」

 俺の背中をポンポンと叩き、早速アルミケースを地面に置いて塚本さんは中身を確認する。中には良くわからない電子機材が入っていて、彼は手に取って動作をチェックしている。

「オーケーだ!」

 一人納得した塚本さんは立ち上がると、「ちさっちゃーん、彼にもビールあげて!」と大声を出す。

「い、いや……俺、高校生なんで酒はちょっと……」

「あ? そんなに若かったの? じゃあ、ちさっちゃん、何かジュース彼にあげて!」

 奥の方で男に肩を抱かれていた女性が立ち上がり、クーラーボックスからペットボトルを取り出して、フラフラ暗がりを歩いて来る。だいぶ酒に酔っているみたいだけど大丈夫か?

 暗がりから顔を出した女性は俺に「お疲れ様でーす!」とコーラのペットボトルを手渡した。

「えっ? 千里…………?」

「作……クン…………どうして⁉」

 千里はペットボトルを地面に落として口を両手で覆った。

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