第129話 情報屋
近くのファストフード店に入り、はやる気持ちを抑えて一ノ瀬に甘いものを奢る。
一ノ瀬は俺が貧乏なのを気にしてか、スイーツのメニューで一番安いイチゴとミルクのドリンクを頼んだ。
俺はワンコインのホットコーヒーを受け取り、空席だらけの店内で落ち着いて話せる奥のボックス席に彼女を誘導する。
「ありがとね、藍沢。貧乏なのに……」
向い合せで座る一ノ瀬は微笑した。
「こ、これくらい大した事無いって」
たかだか数百円の出費、だけど節約時の晩飯一回分だ。ええい! 何をけち臭いこと考えてんだ! これから聞く情報にはきっと値段が付けられないはずだ。
一ノ瀬は太いストローをカップに差し込み、イチゴミルクを吸い上げると赤い果肉と白いミルクが交互に透明なストローを通り抜けていく。
「美味しい! 藍沢が奢ってくれたからいつもより美味しいよ!」
「そ、そうか? ところで――」
「甘酸っぱくてあの時のキスの味みたい……」
上目遣いで俺をチラっと見た彼女は頬をピンク色に染めていて可愛らしい。
「一ノ瀬、千里の――」
「またキスしたいな、藍沢と……。なんちゃって……」
「な、なぁ……一ノ瀬……」
鋭いジト目を返し、一ノ瀬は黙った。
や、やばっ! 早く千里の事を聞きたいからガッついちまった……。
「はぁーっ、やっぱダメか……」
「な、何がだよ?」
俺は引きつる顔を気にしながら姿勢を正す。
「見田園さんの事で頭いっぱいって感じだね?」
「えっ? ないない! そんなこと無いって!」
「いいよもう……。じゃあ何でこないだ私とキスしたのさ? 藍沢って遊びでキス出来る人間なんだね?」
うっ! それは違う……と思いたい……。
「そうやって都合が悪くなると石化して誤魔化すの、よくないと思うよ?」
くっ……ぐうの音も出ねえ……。だけど俺が石化するのは脳内がフリーズするからであって決して誤魔化している訳ではないんだ。
「ゴメン……一ノ瀬。千里のこと教えてくれるか?」
俺はテーブルに両手をついて頭を下げる。
「どうしようかな? こんなこと教えても私には利益ないしな……あっ! これが利益か……」
俺がテーブルから頭を上げると、一ノ瀬は自分の顔の前でイチゴミルクのカップを上からつまんでゆらゆらと揺らす。
「一ノ瀬! 俺っ、な、何でもするからっ!」
「藍沢は焦り過ぎだよ、軽々しく何でもするなんて言ったら駄目だからね?」
ふうっ! とため息を付いた一ノ瀬はテーブルの上で肘をついて両手を組むと手の甲に顎を乗せて本題に入る。
「私、見田園さんの登録してるモデル事務所知ってるよ」
「えっ? ホントなのかっ!」
俺は思わず尻を椅子から浮かせて前のめりになった。
「前に私、藍沢ん
「た、頼む一ノ瀬っ! そこ、今すぐ教えてくれ!」
「いいけど……多分行った所で追い返されるのが関の山だと思うよ?」
「えっ? なんで?」
「藍沢みたいな不審な男にモデルの個人情報教える訳ないじゃん!」
「あっ……」
俺は脱力して浮かせた尻を椅子に下ろした。
「だから、これから私と行こ?」
一ノ瀬と降り立った駅は苦い思い出の駅だった。
千里のアパートに行った時に利用した駅だ、モデル事務所は駅近の商業ビルのワンフロアを借りており、千里はここが近いからあの部屋を借りたのだろう。
エレベーターの中で一ノ瀬は制服の胸ポケットから生徒手帳を取り出して開くと、一枚の名刺をカードホルダーから抜き取り名前をブツブツと読み上げる。
「オフィスサジタリウスの杉岡美智子……」
俺は彼女の後ろに立ち、手元を覗くと一ノ瀬の学生証に貼られたヲタ丸出しの証明写真に思わず笑いが込み上げ、フフッっと息を漏らしてしまった。
「み~た~な~?」
手帳をパタンと閉じると一ノ瀬は振り返って俺の襟もとを掴む。
エレベータが目的の階に止まり、扉が開いたが一ノ瀬は俺から手を離さない。
「一ノ瀬、着いたって!」
「藍沢、今の写真記憶から消せっ!」
フロアに一ノ瀬の声が響く。
扉が閉まり始め、俺は《開》ボタンを素早く触り、怒った彼女をエレベーターからそのままの体勢で押し出す。
一ノ瀬はギリギリと歯を食いしばり、ひ弱なのに目一杯手に力を込めている。そんなエレベーター前で揉める俺たちに苦笑する声が聞こえる。
「あれぇ? 一ノ瀬加奈子ちゃんだよね? どしたの?」
ガラス張りの喫煙ルームからドアを開け、身を乗り出していた黒いパンツスーツ姿の痩せた中年女性が近づいて来る。
一ノ瀬は俺から手を離し、軽く会釈した。
「こんにちは、杉岡さん」
「加奈子ちゃんだぁ? もしかして契約する気になったのかな?」
彼女は制服姿の一ノ瀬に抱き着き、頬ずりをする。
「うわああっ! 違います! 今日は見田園さんの居場所を知りたくて……」
「千里? そんなのいいから契約契約っ! 個性が強いあなたはダイヤの原石、磨けば絶対に光るから! ねっ? サインしよ?」
二人のやり取りに俺は傍観するしかなく、オバさんと美少女のじゃれ合いを暫し眺める。
「いや、そうじゃなくて今日は見田園さんの件で来たんです。行方不明と言うか、連絡が取れなくて」
「で、アンタは誰? エレベーターで揉めてたって事はまさか痴漢⁉」
杉岡さんは腕組みをして黒髪ショートの髪を揺らし、俺を睨みつけた。
「い、いや、痴漢じゃないです。俺は一ノ瀬の友達で……」
俺は慌てて全力で否定する。
「友達? はいはい、貧乏な友達の藍沢君です」
友達呼ばわりされた一ノ瀬は不満げな態度で杉岡さんに俺を紹介した。
「ははーん、さては加奈子ちゃんは藍沢君が好きなんでしょ?」
「ち、違っ! わないかな……」
顔を赤らめた一ノ瀬はチラチラ俺を見る。
「あら〜初々しい、でもね、藍沢君! 加奈子ちゃんはうちの主力商品になるんだから手出ししたら駄目だからね!」
杉岡さんが俺に忠告すると一ノ瀬が困った様子で彼女に声を掛けた。
「いや、そうじゃなくて。あの……杉岡さん、見田園さんがいきなり引っ越して居なくなっちゃって……今、何処で何してるか知りませんか?」
「ああ、そのこと? 知ってるけど……契約してくれたら教えてもいいかな? だって社外の人には守秘義務で言えないから……なんてね?」
杉岡さんの冗談に一ノ瀬が真顔で「分かりました、サインするので教えて下さい!」と何のためらいもなく言い放つ。
余りの一ノ瀬の唐突さに俺と杉岡さんは目を見合わせた。
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