第127話 一縷の望み

 アパートに戻った俺は部屋の布団の上で天井を眺めながら千里の事を考えていた。

「そうだ! 親父っ!」

 俺は布団から飛び起きて、最後の生活費を貰った時に親父がくれた連絡先を探す。ノートの切れ端みたいな小さな紙切れ、あの時、俺は親父にムカついていてそのまま放置して携帯に新しい番号も登録していなかったんだ。

 引越しして以来、積み重ねたままの数箱の段ボール。俺は箱の中身を床にぶちまけ、紙切れを探す。

 次々に箱の中身を確認したが、お目当ての物は見つから無い。あの時、親父に会って……目を瞑って微かな記憶をたどり、当時の状況を思い出そうと部屋に俯いて立ち尽くす。

 ポケット⁉ そうだ、あの時履いていた黒いズボン!

 床を見渡し、服の山をかき分けてあの時のズボンを探す。服の間に黒い生地を発見した俺は焦ってそれをつかみ取り、引っ張り出した。

 ヨレヨレしわしわな黒いズボン、少しかび臭い湿気の帯びたあの時の服が顔を出し、俺はポケットに手を突っ込んだ。指先に感じるカサついた感触⁉ これだ!

 親父の連絡先を発見した俺は速攻で電話を掛ける。

 長い呼び出し音が聞こえる。頼むから出てくれ! クソ親父。

 電話の呼び出しが遮断された。通信会社のシステムなのか、ある程度の時間が経つと何度掛けても電話は自然に切れてしまう。

 大きなため息が自然に出た、親父が直ぐに電話に出ないのはいつもの事とはいえガッカリ感はハンパない。

 脱力した俺は床にバラ撒いた荷物の処理に嫌気が差して、敷きっぱなしの布団にゆっくりと腰を降ろした。

 その時、手に握っていたスマホが震えた。

「もしもしっ! 親父かっ?」

『ああ? 作也、どうした?』

「親父! 千里のお父さんと連絡取ってくれないか?」

『無理、アイツとは金の事で喧嘩して疎遠になってるから』

「はぁ? 何くだらない事言ってんだよ? 電話したくないって言うなら俺が掛けるから」

『千里ちゃんがどうかしたのか?』

「連絡が取れなくて困ってんだ……だから親父さんから聞こうと思って……」

『作也、千里ちゃんは辞めとけ。彼女は気性の荒いお母さんのコピーみたいな性格だから大変だぞ?』

「親父に千里の何が分かるってんだよっ!」

『作也、悪い事は言わないから見田園家とは手を引け。じゃあな』

 プツリと電話は一方的に切れ、その後何度掛けても親父は電話に出なかった。

 待ってくれ……どうしたらいいんだよ? このままじゃホントに自然消滅になっちまう。

 千里……俺は胸が苦しくなり、スマホのアルバムを開いて彼女の写真を眺めた。

 最新の写真は彼女が家に泊った翌朝、一ノ瀬が撮ったのを送ってくれた画像。セーラー服で微笑む千里はハッキリ言って天使みたいで、そこら辺の寄せ集めアイドルよりも断然可愛い。

 俺はこんな最高な女の子をないがしろにしていたのか……救いようのないバカだな。

 セーラー服……。そうだ! 高校に行けば千里に会えるかもしれない!



 月曜日、早朝。

 俺は聖北高の校門が見える場所に来ていた。

 学校の関係者が校門を開けてからずっと女生徒の出入りを遠巻きに見ている俺、道路を挟んで反対側の歩道に佇む俺は他校の制服を着ていてハッキリ言って浮いている。だけど悪目立ちすれば千里も俺に気が付くかも知れない。

 千里が登校すれば、俺は遠目でも彼女に気付く自信はあった。千里なら後姿のシルエットだけで判別がつくだろう。

 8時20分、登校する生徒の数が多くなって来た。車で送迎されて来る生徒も結構多い、流石は難関校、裕福な生徒も多いのだろう。

 千里はまだ現れない。道路の奥からバスが3台連なって校門の中に入って行く。やばっ! これは想定していなかった、校内にバスが入るとなると降りて来る生徒を確認できやしない。

 俺は焦って車道を横切って校門脇から敷地内を覗き込む。

「何だ君は?」

 知らない中年男に声を掛けられる、学校関係者?

「ちょっと知り合いを探してて」

「君はどこの高校だ? 我が校の敷地に許可なく入らないように!」

「入ってないでしょう!」

「離れなさい! 警察を呼ぶよ!」

「は? 警察? 何もしてないじゃないか! 呼ぶなら呼べよ!」

「君は不審者だ、言う事を聞かないなら本当に通報するがいいのかい? これが最後の警告だよ?」

 ぐっ! さすがに不審者と言われれば否定は出来ない。警察に捕まって、親や学校に連絡されたら面倒くさい事になる。

 仕方が無い、俺は校門から離れ、生徒の波に逆流するように歩き出す。

 聖北高からだいぶ離れた所で登校する女生徒の顔を確認したがもはや全数検査とはいかない。

 時間は9時近くなり、今登校してる奴らは遅刻だろう。

 意味が無かったか……。朝からここに足を運んだ自分の行動に虚しさを感じる。

 小さくため息を付いて歩く俺は、すれ違う女生徒と目が合ってしまい咄嗟に目を逸らした。

 だけど……。

 俺はその子に声を掛けていた。

「すいません、最近聖北高に転校してきた見田園千里さんって知ってますか?」

「えっ?」

 彼女は驚きの表情で振り向いて俺から距離を取るように後ずさる。

「見田園さん? 知ってるけど……。転校してきて早々、超可愛いって校内で注目の的だったから。それがどうかしたの?」

「彼女と連絡が取りたいんだ! 知らないかな?」

「多分、誰も知らないと思うけど……。彼女ってモデルなんでしょ? 転校早々から学校仕事で休みまくって友達なんて作る暇も無いんじゃないかな? 最近は姿も見ないよ」

「そう……なんだ……」

「じゃ、私、遅刻しちゃうから……」

 彼女は俺から逃げるように走り出した。

 高校に登校していない? 仕事が忙しいから? 短期間で引っ越した部屋を出た千里はここの生徒であるかも疑わしい。

 もう、どうしていいか分からない。俺は肩を落として自分の高校へ向かった。

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