第126話 気持ち

「作也! このテーブル安いよ、たったの900円!」

 俺とレオナと花蓮の三人はアパートから歩いて15分ほどのリサイクルショップに来ていた。

「ホントだ、安っす! しかも綺麗だな」

 折り畳み脚の付いた木のテーブル、教室の机よりも天板が広いくらいの大きさで俺の部屋には丁度いい。

「こんなの千里の部屋にあったよな……」

 ふと千里の部屋の事を思い出し、胸の奥がキュッと痛んだ。些細なことで彼女の事を思い出してしまい、急に目頭が熱くなる。

「励ましても無駄か……作也の千里ちゃんロスは治らないみたい」

 俺の顔を覗き込んだレオナが小さくため息を付き、花蓮と目を合わせた。

「はぁ〜っ……バカ作っ!」

 床をバンっと踏んだ花蓮が苦々しく俺を睨む。

「な、何だよ急に」

「アンタのウジウジが治らないかりから腹立ってんの!」

 花蓮はスマホを小さい鞄から取り出して画面を何度か指で触り、俺に見せた。

「これ見て!」

 眼の前に差し出されたSNSの画面。

『花蓮さん、作君が私を拒絶して困ってます。仕事も忙しくて会う事が出来ません、助けて下さい』

 えっ? 千里と花蓮とのやり取り?

『一応作には伝えてるけど、アイツそっちに連絡入れて無いんだ?』

『嫌われたのなら仕方ないのですが、ちゃんと説明を受け入れて欲しいんです、どうにか手伝って貰えませんか?』

『私が介入してもややこしくなるだけでしょ? だったら手紙でも書いてみたら?』

 何を説明するってんだよ、あの男と暗闇でイチャ付き以上の事をしてたんじゃ無いのかよ? 

 当時の出来事を何度も反芻し、答えを見出そうとしている俺の目の前から花蓮はスマホを下ろし、「別に隠してたわけじゃないから、アンタにも一回は直ぐに伝えたし……」と目を反らして俯いた。

 俺、千里のこと、誤解してるのか……? 

「ウジウジしてる暇あったらさっさと電話しろっ!」

 花蓮は綺麗なワンピース姿でツインテールを振り乱し、俺のケツにボレーシュートのような蹴りを決めた。

「痛っ!」

「私は役目果たしてるし、千里っちから逃げてる作が全部悪いんだからね!」

 花蓮は口を尖らせて歩き出し、リサイクルショップの出口に向かう。

「あーっ、もう! いない女に負けるなんて最悪! 私、帰るから!」

 出口の前で一度立ち止まり、花蓮は俺を睨みつけて舌を出して出ていった。

「あ~っ! 待ってよ花蓮ちゃん!」

 跳ねるように花蓮を追いかけ、レオナは店の前で彼女に後ろから体当たりしてから抱きついた。花蓮は口を大きく開けてレオナに怒っているようだが声は聞こえない。

 俺はテーブルを買って外に出て、店の前で躊躇いつつスマホをいじって暗記している千里の電話番号を打つ。

 緊張しながら何度掛けても電話は繋がらなかった。千里は実際何を話すのかは分からない、だけど俺も当時の絶望感は治まり、今なら彼女の声を落ち着いて聞けるかも知れない。

 仕事か? 長時間の拘束ならスマホも手に取れないかもしれない……。気持ちを落ち着かせる、こんな所で込み入った話は出来ないか……。俺はテーブルを置きにアパートに戻った。



 テーブルを脇に抱えたままドアに鍵を差し込んで開け、中に入って廊下にテーブルを立て掛ける。

 ドアを内側から閉めようとノブに手を伸ばしたした時、郵便受けにチラシに紛れたピンクの封筒が入っているのが目に入り、俺はドキンと体に電気が走った。

 焦って郵便受けに手を突っ込み、裏返して差出人を確認する。封筒の端には見田園千里と手書きで書いてあり、俺は焦りながら直ぐに開封しようとしたが、手が震えて上手く封を切れない。

 まごつきながら何とか封筒を開けると、中には封筒と同じ色の綺麗な便箋が1枚入っていた。

『連絡が取れないので手紙を書きました、勝手なお願いですが土曜日の3時迄に電話を下さい、お話したいことがあります。 千里』

 可愛らしい見慣れた小さな文字で書かれたメッセージ。土曜の3時? もうとっくに過ぎてるじゃないかっ! いつ届いてたんだよこの手紙……。

 封筒の消印はかなり前、俺が千里を着信拒否した翌日だ! え? 俺……ずっと気づいて無かったのか? 最悪だ、このタイムリミットに意味はあるのか? 考えただけで具合が悪くなる、もしかしたら千里は俺からの連絡をずっと待ってて今日の3時が過ぎればもう二度と俺と係わらないと思っていたのかも知れない。

 クソッ! 何で……。

 俺は部屋を飛び出して、どうしていいか分からないまま千里の家に走った。



 6時過ぎ、千里の家の最寄り駅に降り立った俺は駅前からダッシュで坂道を駆け上がる。夕暮れが迫り、辺りが薄暗くなった頃、秋の夜の肌寒さの中で俺は全身が汗ばみ肩で息をしながら千里のアパートの前に着いた。

 入口のガラス扉はセキュリティが掛かっていて開かない、俺は苦々しく二階の千里の部屋に目をやると窓にカーテンは着いてなく、不動産会社の派手なポスターが貼ってあった。

「はぁ? 何だよあれ……入居者募集中⁉ 嘘だろ……?」

 俺は何度も千里に電話を掛けた、だけど繋がらない。

 SNSを再開しようとしたが、一度解除してしまったから千里からの承認が無く、一方的に書き込む事も出来ない。

 千里が消えた……。

 シェアハウスの自宅を追い出されて以来、色々と忙しかった二人はお互いの情報交換もおろそかにしていて俺は携帯の番号とここの住所しか千里の事は知らなかった。

 モデル事務所の名前も、具体的な仕事内容も知らず、仕事先からの追跡も出来ない。

 俺を取り巻く女子たちから情報を聞き出すか? 恋敵である千里の事を聞けば、花蓮みたいに不快感を示されるのは間違いない。

「ええい! ダメ元だ!」

 俺を好きだと言ってくれた女の子たちにSNSで千里の情報提供と、連絡を取ってもらえるようにお願いする。

 一番最初に反応があったのは仁科坂、だけど彼女はそもそも千里とは余り親しく無く、連絡は取れないらしい。

 花蓮とレオナはSNSで連絡は出来るが、送信しても既読にはならないと言う。しかも俺に対する返信はキレ気味で、もう、たやすくお願い出来る状況ではない。

 一ノ瀬は……既読にはなったが、一切反応は無かった。彼女はレスポンスが非常に悪く、メッセージのやり取りでもシャイだから仕方ない。もしかしたらアニメでも観てるのかも知れないしな……邪魔したら悪いか……?

 結局、千里の新情報は入手出来ないまま時間だげが過ぎ去っていった。

 ここに居てもしょうがない……取り敢えず家に返って作戦を練るか……。

 俺は重い足取りで、坂を下った。

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