第124話 拷問

 午前中のうちにボロアパートに戻った俺は、若干寝不足で部屋に敷きっぱなしの布団に身を滑り込ませた。千里にはフラれたけど、また俺を好きと言ってくれる娘が増えてしまった。仁科坂って優しくて可愛いよな……、性格もどことなく千里に似てるし。

 他の女の子だって……レオナといるとホントに楽しくて千里にも負けない美形だし、一ノ瀬は大人しいけど俺にだけは全ての気持ちを晒してくれる、花蓮は……兄妹みたいに心が通い合う。

 どうしよう……マジで選べない……。彼女たち四人は横一線、甲乙つけがたい。

 千里は……彼女たちを全て上回っていた、可愛くて綺麗で優しくて……たまに手が付けられないほど怒っちゃうところとか……。仲直りして甘えて来る度に気持ちが深まって愛おしくなってしまっていたのに……。

 千里に会いたい…………。

 あまりにも失った物の大きさに打ちひしがれる。こんどは失敗しない、なんて無理か……、俺は女の子が苦手な恋愛偏差値が赤点野郎だから。



 ウトウトした時間がどれだけ経ったのか分からない、まったりとした土曜の午前中を気持ちよく過ごしていた俺にどこからか言い争う声が聞こえて来て目を覚ました。

 はぁ? 何だ? うるせーな……。

「何でレオナっちが居るのよっ!」

「花蓮ちゃんこそ何してんの? 私は、作也がそろそろ私に会いたいだろうから来てあげたんだけど」

 あ? 何でレオナと花蓮が⁉ 玄関の向こう側でわめく声に俺は飛び起き、足音を立てないように忍び足で恐る恐るドアのスコープを覗く。

 レースが幾つも縫い付けられた丈の長いワンピースを着た花蓮が背が小さいにも関わらずデカい態度で白シャツに紺のロングスカートを着たレオナに食ってかかる。

 二人は秋の様相、流石に肌面積は少なくなっている。

 レオナはグヘヘと花蓮を眺めて続けた。

「さては巨乳娘に作也を取られたかと思って確認に来たんでしょ?」

「む、胸の大きさは関係ないでしょ!」

 背伸びしていた花蓮は眉をヒクつかせて後ずさる。

「あるよ、花蓮ちゃんだって無敵の貧乳のくせにっ!」

「貧乳って言うなっ!」

 つま先立ちになり、唾を飛ばす花蓮のムキになった顔が可愛い。

「花蓮ちゃんは自分の貧乳がどれだけ武器になるか分かって無いよ!」

「武器? またアンタはマニアがどうとかって言うんでしょ? だいたい作がマニアか分からないじゃない!」

「マニアに決まってるよ、胸の大きな娘が周りに揃ってたのに無反応なんだよ? 作也は絶対にロリでAカップ好き!」

 勝手な想像すんなよっ! 俺はおっきい方が好きだぞ、だけど花蓮の体つきも嫌いじゃない……。待てよ、俺ってマニアなのか?

「わ、私、これでもBだからっ!」

 え? あれでBなんだ……。

「えーっ? ホントに?」

 レオナは花蓮の胸元に顔を近づける。

「フンッ! アンタは最高のおっぱいの持ち主だからいいわよ! 上向きにツンってなっててパンパンに張ってて、中になんか入ってるみたい」

「これは天然! 加工無しだよ!」

 レオナが自分の胸をポンポン叩いて胸を張る。

「ホントかよ?」

 花蓮は苦々しくレオナの胸を人差し指で弾いた。

「痛ったーい! 敏感なとこ弾かないでよ!」

「ちょっとどいてよ! ベルが押せないでしょ」

 部屋に呼び鈴が鳴り響き、俺はギクリと体を硬直させた。女子トークを盗み聞きしてしまい、二人の胸の事を思い出していた俺の顔が火照っている。レオナの生乳を拝ませてもらい、花蓮の胸を触らせてもらった事を。

 俺は少し間をあけて、深呼吸してから玄関ドアを開けた。

「おはよう、どうしたんだ? 二人とも」

「オッス作! 遊びに来たから入れてね?」

 当然とばかりに俺を通り越して部屋へ向かう花蓮。

 レオナは俺の服の匂いをいきなり嗅いだ。

「花蓮ちゃん、作也から女の匂いするよ」

 やばっ! そりゃするだろ、一日中仁科坂と一緒で、彼女の布団にも入ったんだから。

 背後からドスドスと怖い足音が戻って来て俺の背中の匂いを嗅ぐ幼馴染に緊張感が漂う。

「ホントだ……、これは家の中に居ただけじゃ付かない匂い。作、昨日の話聞かせてくれる?」

 花蓮は俺の襟を掴み、部屋へ引っ張る。その僅かな間に俺は言い訳を考える。

 レオナも部屋に上がり込み、見下ろす美少女に挟まれながら布団の上に正座する俺はいったい何なんだ?   

「ねえ作、きのう仁科坂さん家で何してたの?」

 優しい聞き方から始まるのは拷問シーンではよくある、映画ならこの後に赤く焼けた金属を肌に押し付けられるか電気ショックを与えられる、もしくは両方だ。

 ここは、はぐらかすしかない。

「模試やって、晩飯は魚料理がおいしかったな? 後は家に帰って来て速攻寝たけど」

「レオナ、やって!」

 花蓮は顎でレオナに指示し、レオナは「イエス、サー」と敬礼をして俺の背中をど突いてうつ伏せに寝かせると逆エビを決める。

「痛でででっ!」

 直ぐに布団をタップする情けない俺。

「さあ、吐け!」

 レオナが叫んで背中に体重をかける、お尻の体温が伝わりグニグニと柔らかい圧力が伝わってくる。

「ギブ! ギブ! 脊椎折れるって!」

「昨日、何してた!」

「昨日、豪雨で停電しただろ! だ、だから仁科坂ん家泊まってやり過ごしただけだって!」

 苦痛に顔を歪める俺の眼前に屈んだ花蓮は、顔色を変えた。

「泊まってヤリ過ごした⁉ アンッタねぇーっ!」

「えっ? したの? 私には出来ないって言っておきながら……?」

 背中に座っているレオナが俺の足を離して遠い目をした。

「何それ? レオナっちも作としようとしたっての?」

「あっ……ち、違うの花蓮ちゃん! 私は本気で言ったんじゃなくて作也をちょっとからかっただけで……」

 花蓮の圧にレオナはのけ反って苦笑いした。

「作也が話に乗ってきたらどうするつもりだった?」

「それは……成り行きでしたかもしれないけど……って! 仁科坂ちゃんの話じゃなかったっけ?」

 やっぱりしたのかよ? 良かった、あの時追い返しておいて。

「作、教えて!」

 声が低くなった花蓮の目が怖い、俺を知り尽くした幼馴染特有の尋問テクに抗えない自分が不甲斐ない。

「な、何も無かったって! 停電したから真っ暗だったし」

「でも、10時頃には電気点かなかったっけ?」

 俺の背中の上でレオナが言った。

 ヤバ、そうだった……もう誤魔化せない、話を逸らすんだ!

「そういや、花蓮も体育用具室と自分の部屋に俺呼びつけて――」

「うわああっ! うるさいうるさい!」

 自分は二回も俺としようとしたくせに。さあ、どう説明する?

「どうしたの花蓮ちゃん? 顔真っ赤だよ?」

「どーせ作は石化しただけだろうし、もういいわ!」

 花蓮は廊下に早足で逃げ、ヤカンに水を入れて火に掛けた。

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