第109話 横一線

 教室に入ると花蓮が自分の机の上に腰掛けたまま俺をギロリと睨んだ。訳は分かってる、俺が仁科坂と一緒にいるからだろう。花蓮の視線を浴びながら歩く俺の体がギクシャクとする。仁科坂は教室の後ろの席に向かい、別々に別れて俺は自分の席へと向かう。

 レオナとじゃれ合っていた一ノ瀬が俺に気付いて「おはよう藍沢っ!」と声を掛けて来た。最近のレオナと一ノ瀬のじゃれ合いは見ているこっちが照れるくらいイチャ付いていて二人は付き合っているのではないかと疑ってしまうほどだ。

 レオナはチラリと俺を一瞥すると、挨拶もせずに俺に背中を向けるように席に着く。

 ん? なんだ、あの態度……。

「レオナ、おはよう!」

 俺は着席して彼女の背中に声を掛けた。

「お、おはよー」

 ぎこちなく振り向いたレオナは俺と目を合わせた途端に赤面してクルッと前を向く、脳裏にレオナとのキスが浮かび、俺も体温が上がってしまう。レオナは俺をチラッと再び見つめて耳まで赤くした。

「痛ってー!」

 体に激痛が走り、振り返ると尚泰が俺の首筋にシャーペンを突き刺して冷酷な表情を浮かべていた。

「何だよ、今のレオナちゃんの顔! 完全にメスの顔してんじゃないかよ! お前絶対なんかしただろ!」

 尚泰が後ろの席で歯をギリギリと鳴らし、俺の首に手を掛けてグラグラと揺する。

「し、してねぇって!」

 必死に俺は否定する。そう、俺はしていない、されたんだ!

「あーあ、三田園さんじゃ飽き足らず、レオナちゃんにまで手を出すとは……何でお前ばっかりモテんだよ!」

 俺の首を絞める尚泰、握力に殺意を感じるぞ!

「声がデカいって!」

 俺は必死に尚泰をなだめて前を向いた時、一ノ瀬が机の前でしゃがんで俺の顔を覗き込んでいた。

「うわっ! な、何かな? 一ノ瀬さん……?」

「藍沢、川崎さんも落としたんだ。て、ことは正妻以外横並びってことだよね?」

「い、いや、言ってる意味が分からないんだけど……」

「その歯切れの悪さは肯定したってことでしょ? だったら私も諦めるの辞めたからっ!」

 一ノ瀬まで声を大きくして、尚泰が更に後ろから俺を責める。俺の周りが騒がしくなったのを見た花蓮がこちらに近づいて来て、俺は肝を冷やして体を縮めた。

 花蓮は俺の前を通り過ぎるとレオナの席の前にしゃがみ、「ちょっと話聴かせてくれない?」と怖いほどの笑みをレオナに浴びせ、腕を引いた。

 廊下に拉致されるレオナは「何でもないからっ!」と無罪を主張しながらへっぴり腰になっている。

 終わった……レオナが花蓮に土曜日の事をバラす……それは目の前の一ノ瀬の耳にも入るだろう……。

 って事は多分千里にもリークされる…………。

 まずいだろ……これ。

 俺は近々確実に殺される……リアルにだ! な、何か安全策は無いのか? 必死に脳をフル回転させるが案の定俺の脳内はフリーズした。

「ねえ藍沢、今日遊ぼうよ!」

 早速一ノ瀬からお誘いがかかる。彼女ほど行動が読めない女の子もいない、一ノ瀬の思考は独特、大胆な行動に出てきたらと思うと安易に誘いには乗れない。

「ゴメン一ノ瀬、今日は先約が……」

「先約? 誰なの?」

 ヤバっ! 何で俺、用事って言わなかったんだ? あーっ! 地雷踏んじまったぞ。

「ねえ、誰なのさ!」

 一ノ瀬は立ち上がり、俺のシャツをギュッと掴んで放さない。

「だ、だから……今日は忙しくて……」

「じゃあ、明日私の家に来て!」

「無理だよ、バイトだし……」

「じゃあ、いつならいいのさ?」

「それは……だな」

 担任が教室に入って来て「席に着け」と生徒に促し教壇に登る。

 助かった、一ノ瀬のアポ取りはきっと俺が『うん』と言うまで続いた事だろう。



 昼休み、俺が廊下に出ると「作ーっ?」と教室から声が聞こえた。ヤバい! 花蓮が俺を探している、ずっと傍観していた彼女が俺を馴れ馴れしく呼ぶって事は、レオナとの事実確認の可能性が高い。

 逃げるしかねぇ……。俺は花蓮の苦手な激混みの購買に突入することにした。


 具合の悪くなりそうなパン争奪戦、俺はグラウンド脇のベンチで戦利品のパンをかじりながら尚泰にジャージを持って来てくれるようにスマホで頼んだ。午後は体育の授業で終わり、だから女子と絡むこともない。俺にとっては好都合、だけど彼女たちの怒りのレベルは一段階上がるだろう。



 放課後、俺はジャージから速攻制服に着替えて教室に向かい、鞄を手に取り駐輪場に向かった。まだ、まばらな生徒の数に安堵しながら俺は自転車に乗り込み、高校の敷地を出て直ぐのコンビニで仁科坂の帰りを待つ。

 俺を取り巻く女子たちは家が真逆のエリア、だからここにいれば鉢合わせすることも無い。

 スマホを片手に目の前を通り過ぎる自転車をチェックしていると、程なくして仁科坂が俺に気付いて自転車を停めた。

「藍沢君! 良かった……。帰っちゃったかと思ったから」

「帰り、家寄っていいのか?」

「勿論だよ。お母さんに伝えたら、大型ゴミに出すぐらいなら持って行ってくれたら助かるって言ってたし」

「そうなんだ。じゃあ、遠慮なく寄らせてもらうよ」

 俺は仁科坂に案内され、彼女の自宅に向かった。

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