第102話 願い

 ガラガラと大きな鈴を揺すり、柏手を打つ。

 俺とレオナは神社で賽銭を放り込んでお参りをしていた。

 お参りか……目を瞑って考えても願い事なんて思い浮かばない、俺は早々に目を開けて隣で手を合わせているレオナを見つめる。

 ゆっくりと目を開いたレオナが俺の視線を感じたのかビクッと体を跳ねるように動かした。

「な、何よ。そんな見られたら照れるんだけど!」

「レオナは何を願ったんだよ?」

「へっ? 教える訳無いでしょ? バカっ!」

 一気に赤面したレオナは半ギレ状態でつま先立ちになる。

「そこ、怒るとこかよ? 訳わかんねーな!」

「う、うるさい! 女の子の秘密のお願いなんだから普通聞かないでしょ!」

「どーせ恋愛成就とかだろ?」

「……っ! 作也は何願ったのよ!」

「何も……何か賽銭箱の中の金少ねーなと思って眺めてた」

「はぁ? まったくもう! 神様! この人のデリカシーの無いところ治療してくださいっ!」

 レオナはもう一度鈴を鳴らした。

 神社の石段を降り、レオナは俺の手を掴んで隣の社務所に立ち寄ると「おみくじ引こうよ」と微笑んだ。

 俺たちは二百円づつをガラスの向こうに座る巫女の恰好をしたバイトに支払い、おみくじの箱に手を突っ込む。

「神様お願い、いいのちょうだい!」

 空に向かって呟きながらレオナはおみくじを引き胸に抱きしめ、俺にも引くように促す。

 俺もゴソゴソと箱の中から一つおみくじを引いた。

 境内の端のベンチに座り、レオナはおみくじを開く。

「中吉?」

 真剣な眼差しでレオナはおみくじを読み始めたので俺もおみくじを開いた。

「俺は小吉だよ……」

 おみくじから俺に顔を向けたレオナは「勝ぃ!」と笑う。

「何の勝負だよ?」

「恋愛は……思いは告げよ、きっと叶う⁉ 嘘? やった!」

 レオナはおみくじを握った手を天に突き上げ、大袈裟に喜ぶと俺のおみくじを覗き見る。

「見るなよ! 金運は……真面目に働けば道は開く? なんだぁ? 夢ぐらい見させろって!」

「ちょ、金運なんていいから見せてよ!」

 レオナは俺からおみくじを奪い、食い入るように見つめた。

「生涯の伴侶が現れる、受け入れよ。なにこれ? 奥さんに告られるってこと⁉」

「奥さん? 金持ちの奥さんならいいけどな……」

「もう、さっき神様にお願いしたのに! ほんとデリカシー無いんだからっ」

 レオナは額に手を当て、俺をチラリと眺めた。

「ん? 何か入ってるぞ」

 おみくじの袋に硬い物が入っていて、俺は手のひらに袋をトントンと叩いた。

「何だこれ?」

 手のひらには金色のおかめ、「これって何の意味?」俺はレオナに見せた。

「子孫繁栄、夫婦円満……たくっ! 作也らしい」

 何故か怒るレオナ、彼女も袋の中を手のひらに出した。

「亀だ、金運だから作也にあげる」

「じゃ、子宝はレオナにやるよ」

「えっ? あ、ありがと……。赤ちゃんはまだ早いけど……」

 彼女は顔を赤らめた。

「作也は将来子供何人欲しいの?」

「子供? そうだな、三人くらいかな?」

「えっ? そんなに? 頑張らないと……」

「だな?」

 俺はレオナを見つめた。

「へっ? 無理無理っ! 私そんなにしょっちゅう出来ないかも知れないし」

「何がだよ? だって頑張って働かないと三人は育てられないだろ?」

「は……い?」

 レオナは乾いた笑い声をあげ、ベンチから立ち上がると白い砂利の境内を走り出した。

「さーくやーっ!」

 一人はしゃいだレオナは静かな境内で俺を手招きする。

 何なんだよさっきから? いつもと様子がおかしいレオナに俺は困惑して首を傾げた。



 夕方、神社を離れ、バスに乗った二人はガラガラの車内で二人掛けの椅子に横並びで座り、ぼんやりと外を流れる景色を眺めていた。心地よい揺れに眠気が差した時、俺の肩にレオナの頭が寄り掛かりって眠気が覚める。

 大きな目を閉じた彼女の寝顔は日本人離れの美しさ、それはまるでフランス人形みたいで恰好がゴスロリ調なら部屋に飾れそうな佇まいだ。

 でもそんな事を言ったら彼女は眉をひそめて俺に文句の一つや二つは言うだろう。

 レオナのハーフコンプレックスは相当強くて俺にはどうしてやることも出来ないけど、何時か彼女には自分の顔を好きになって欲しい。

 車窓の風景は紫色に変わり、秋の深まりを感じる。レオナのミニスカートは夜には少し肌寒いかも知れないな、展望台の気温が低くならなければいいのだけれど……。

 俺は目的地に着くまでの間、彼女の寝顔をそっと見守った。



 間宮公園の駐車場の外周をバスが走り、旋回してバス停に向かう。

「レオナ、着いたぞ」

 俺は彼女の柔らかそうなほっぺたを指でつついた。

 ホントは肩を揺らすつもりだったけど自分でも分からないうちに指が頬に向かってしまった。

「んぁ?」

 少し間抜けな声でレオナは目を開き、いきなりシャキッと姿勢を正す彼女の姿に俺は思わず噴き出した。

 若干股が開き気味だった足を揃えて乱れたスカートを直し、恥ずかしそうに俺を眺めるレオナは「着いたの?」と辺りを見渡す。

「日も暮れたし、天気も良さそうだから綺麗に見えるんじゃないか?」

「うん! 早く行って場所取りしないと!」

 レオナは焦って立ち上がり「運転手さん! 降りまーす!」と元気に叫んだ。

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