第103話 騒がしい彼女
跳ねるようにバスのステップを踏み、「よっ!」と地面に両足で着地したレオナは振り返って俺を待つ。
バスを降りた俺の背後で自動ドアがブザーを鳴らして閉まり、バスが走り去る。広い駐車場には結構な台数の車が停まっていてバスの閑散さとは対照的だ。
やっぱり大人は車でデートか……、学生なんて殆どいないのかも知れないな。
「行こう?」
レオナは駐車場を眺めていた俺の手を握り駆け出した。
「ちょ! レオナっ、速いから!」
「場所が取られちゃうでしょ?」
弾んだ声で腕を引っ張るレオナ、バランスを崩しそうな俺は咄嗟に彼女の体を抱えて動きを止めさせた。
「さ、作也っ⁉」
抱きしめられた格好の彼女は身体を強張らせて目を見開いた。
「転んじゃうよ、レオナ!」
レオナは黙って数秒間俺と目を合わせ、ハッとして顔を赤らめると俺から離れて「ジュース飲みたいっ!」と近くの自販機を指差した。
俺はスマホを自販機にかざし、「どれ飲みたいんだ?」と振り向いた。
顎に細い人差し指を当て「うーん……」と悩むレオナは自販機に照らされ、白い服も相まって一人暗闇で輝いている。
「これだぁ!」
ゴトンと音が鳴り、レオナは屈んで缶を取り出し、「じゃ~ん!」と俺に見せつける。
「アップルジュース? お子さまかよ!」
「なによっ! いいでしょ?」
頬を膨らませたレオナは腰に手を当て、前のめりで俺を睨む。
「俺は……どうすっかな……コーヒー……」
ボタンに指を伸ばした時、横からレオナがボタンを押した。
「あーっ! おま……」
自販機に手を突っ込みペットボトルを取り出した俺は絶句する。
「……ルイボスティー……? 飲んだことねえし……」
「やった! 初体験じやない!」
「これ、旨いのか?」
「知らない! 飲んだこと無いし」
「お前なぁ……」
ウシシと歯を噛み締めて笑うレオナは「だって缶コーヒーって後味ずっと残るから嫌だもん!」と後ろ向きで歩き出す。
「レオナが飲むわけじゃないだろ」
「ダーメっ!」
子供のように可愛くウインクをしてレオナはピョンピョンとバックステップを踏む。街灯に照らされた金髪が艶やかに輝き、ポニーテールが振り子みたいにリズムを刻みグリーンの瞳の美少女が俺にだけ微笑む姿に何とも言えない甘酸っぱさを感じる。月夜に輝く彼女と居ると日本人離れした外観も伴ってまるで異世界に迷い込んだみたいだ。
「こっちみたいだよ?」
レオナが展望台を示す看板を指差し、薄暗い林道を覗き込む。
道幅の狭い林道はジメジメと湿度が高く左右には鬱蒼と草木が生い茂っていて奥が見えない。
さっき迄の元気が萎んでしまったかのように立ち止まったレオナの背中を押すと彼女は身体を固くして動かない。
「どうしたんだよ?」
「暗くてよく見えないから先歩いてくれない?」
「スマホで照らせばいいだろ?」
「いいから、早く行って!」
「もしかして怖いのか?」
「そ、そんな訳無いでしょ!」
なに怒ってんだよ……。まったく、美少女は笑ったり怒ったり忙しいな。
俺は暗い林道をスタスタと歩き始めた。
「ひっ! 何⁉」
背後でレオナが手を振り回して立ち止まる。
何やってんだ? あいつ……。俺は早く林道を抜けようと早足で歩く。
「ちょ! 待って!」
「あー? 何だって?」
「うわっ! 虫っ!」
「置いてくぞー!」
背後でレオナがヒーヒー叫ぶ。
うるさいレオナに俺は振り返って腰に手を当てる。
「うぎゃーーー!」
レオナは青ざめながら林道を猛ダッシュして俺に飛びついた。
「うわーっ! な、何だよ急にっ!」
「虫、虫っ! 背中に入った!」
ギャーギャー騒ぐレオナは激ギレして「早く取ってよ!」と涙目で俺に叫ぶ。
「背中向けて」
俺はスマホのLDEで彼女のシャツを照らした。
「早く取ってよ! バカっ!」
シャツの下で何かがもぞもぞと動いているのが見える。
「服めくるぞ?」
白いシャツをめくると虫はレオナのタンクトップの下に潜り込んでいるようで俺はたじろいだ。
「うわわわ! 早ぐーっ!」
俺はピンクのタンクトップをめくり中を確認する、一瞬見えた虫が彼女の背中を昇り、また見えなくなる。仕方ない、俺はタンクトップを全開にめくり虫を探す。
痩せた背中が露出し、紫色のブラが白い肌を締め付けているのが見えて俺は顔が熱くなるのを抑えられない。昼間部屋で見たレオナのショーツと上下お揃いの光沢のある生地、脇の方から覗く胸の膨らみを包み込むレースに目が行ってしまい虫を探すのを忘れそうだ。
背中のブラ紐にとまったカナブンを見つけた俺は、そいつを摘み取ってレオナに見せた。
「綺麗な紫色だな。やっぱり保護色を好むのか? ブラも紫だから……」
「バカっ! 何見てんのよ! 作也のヘンタイ! 早く逃がしてっ!」
俺が手を高く掲げると、カナブンが指先に登って羽を広げて飛び去った。
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