第101話 レオナの鼓動

「はい、作也。あーんして」

「は? な、何だよ急に……」

 レオナが口の前に差し出したフライドポテトを前に俺は少し体をのけ反らせた。

「私、知ってるんだ! 作也と千里ちゃんが隠れてこれやってるの」

 いたずらっぽく笑ったレオナはペタン座りで「ほれほれっ!」とフライドポテトを揺する。

 俺はレオナが知っていたことに顔が火照り、誤魔化すように彼女の指までかじるくらいの勢いでポテトを食べる。

「ちょっと! 怖いから! でも楽しい、なんか餌付けしてるみたい」

 ケタケタ笑うレオナを前に、俺は赤くなっているであろう顔を隠すようにあぐらに頬杖をつく。

「いつから知ってたんだよ……」

 俺はチラリとレオナを見た。

「作也んち住んで速攻気づいたよ、この二人デキてるって……だから結構覗き見してたんだ! エッチな事とかしないかなって! でも全然しないんだよね?」

 くっ! 覗き見って……どこまで見られてたんだよ……すっげー恥ずかしいんだけど……。

「だって気になるでしょ、いきなり始まったらどうしようとか。だから私、結構ドキドキしてたんだ! でもいいよね、見つめ合うだけの関係って、キスをするとかしないとか……ピュア過ぎて見てるこっちがハラハラしちゃうよ」

 へ? キスって……見られる場所ではしてないと思うんだが……ま、まさか本気の覗きか?

「レ、レオナは彼氏居たことないのかよ?」

 聞かせろ、レオナの恥ずかしい話。

「私? 一度も無いよ、全然モテないから……。昔コクったことあるけど玉砕して三日間ベッドから出られなくなったし……」

 彼女は視線を床に落とした。

「レオナは気になる人いないの?」

「いるけど、その人彼女居るし……」

 チラリと俺を見たレオナは苦笑いする。

「へぇ? ウチの生徒?」

「うん……。だから辛いんだ……その人といると胸がキュンキュンするんだけど私の物にはならないから苦しくって……」

「そっか……」

「その人の彼女は今遠くに行っちゃってて、私に振り向いてくれないかなって思うけど、その人の彼女は大事なお友達なわけで…………って何言わせる気? ホント腹立つ!」

 山盛りのフライドポテトの紙箱に口を付け、煽るようにポテトを飲み込むレオナ。

「ちょ、ヤケ酒じゃ無いんだから!」

「ヤケ芋だよっ!」

「なんだよそれ?」

 二人は向かい合って顔を近づけ、爆笑した。

「レオナ、顔赤いって! ホントに酔ってるみたいだぞ?」

「作也が変なこと聞くからでしょ? ホント鈍感バカ!」

「何が鈍感だよ?」

 俺の言葉にレオナは額に手を付けて大きなため息を付いた。

「マジ腹立つ! 今の話聞いてた?」

 四つん這いになったレオナは俺にズカズカと接近する。

「な、何怒ってんだよ……?」

 目の前で睨むレオナはジッと動かない、ただ何か言いたそうに瞳を小刻みに揺らす。

「さ、作也……あのね?」

 震えた声を上げるレオナに俺は一気に緊張した、今までも女の子がこういう仕草をするときは大抵……。

 静まり返った部屋で見つめ合う二人、服の胸元は心臓の鼓動で微かに揺れている。

「ど……どこ遊びに行こうか? このあと……」

 元気な声でレオナはわざとらしく笑みを浮かべ床にお尻を降ろすと、ウーロン茶の紙コップのフタ外して喉を鳴らして一気に飲み干した。

「そうだ作也! 宮間公園の展望台行こうよ?」

「宮間公園? 夜景で有名な?」

「うん。私、夜景観たい!」

「別にいいけどまだ昼だぞ?」

「じゃあさ、その途中で寄り道してこうよ?」



 電車に揺られること30分、レオナが行きたいと言った神社の参道脇にあるたい焼き屋で俺は二つのたい焼きをおばちゃんから受け取る。

 店の前で背もたれの無い木製ベンチに腰かけた二人はニコリと目を合わす。

「はい、レオナ」

 俺は紙に包まれた暖かいたい焼きを一つレオナに手渡した。

「やったぁ!」

 レオナは紙袋を折り曲げてたい焼きを眺めてほくそ笑む。

「何かこの顔、作也みたい! 不貞腐れてるし」

「こっちはレオナみたいだぞ、口が尖ってて」

「何よそれっ!」

 レオナは口を尖らせた。

「だからっ! 今の顔!」

 俺はレオナの顔にたい焼きを重ね合わせ、苦笑いする。

「もう。なんか、腹立つし!」

 レオナは俺を見つめ、手に持っていたたい焼きを無言で暫く眺めるとたい焼きの口にチュッっとキスをした。

「作也とキスしちゃった!」

 上目づかいで俺を眺めたレオナの仕草に俺は思わずドキッとして体が僅かに動いてしまった。可愛い……ゆらゆらと揺らめく金髪のポニーテールが綺麗で色白の首元から鎖骨が覗く。

 ニマァと笑うレオナは俺を試すように再びたい焼きにキスをする。

「ねぇ、作也! 今、自分がキスされた気分になったでしょ?」

「はぁ? ほんとレオナってバカだよな?」

「なによっ! 今ビクッとしてたくせに!」

 頬を膨らませたレオナは怒っても可愛らしい。

「そんなんでビクッとするかよ、アホらし」

 俺はレオナ似のたい焼きにキスをする。

 体をピクリと動かしたレオナは目を泳がせ、体をぎこちなく動かし正面を向くと「いっただきまーす!」と大きな口でたい焼きをかじった。

「美味しい! クリーム味最高っ!」

「クリーム? 邪道だな、やっぱ粒餡だろ?」

 俺がかじったたい焼きをレオナはマジマジと眺め、無言だが味見の圧力をかけて来る。

「ホレ!」

 彼女の口元に食いさしのたい焼きを差し出すと、レオナはパクリと条件反射のようにかぶり付く。

「こっちも美味しい! 作也、半分こしよ?」

 プルッと動くピンク色の唇に見入り、俺は彼女に吸い込まれそうになる。

 俺はたい焼きを半分に割り、「頭としっぽ、どっちがいい?」と差し出す。

「あたまっ!」

 レオナは「あーん」と口を大きく開き、俺は彼女にたい焼きを食べさせた。

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