第98話 所有権
「千里、駅まで送っていくよ。どうせ通り道だし」
アパートのくすんだドアに鍵を差し込んだ俺は傍に立つセーラー服姿の千里の重たそうなバッグに手を伸ばす。
「時間、大丈夫です?」
千里は少し遠慮がちに首を横に傾ける。
「余裕だよ、後ろに乗って」
俺は玄関前から自転車を押して車道に停め、彼女のバッグを籠に入れて後ろに座るように促す。
「三田園さん、セーラー服可愛いっ!」
自転車に跨った一ノ瀬が千里にスマホを向ける。
千里はレンズに向かってポーズを決めてしまい、顔を赤らめた。
「あっ……これって職業病……」
「おおーっ! いい写真が撮れたよ! 後で藍沢に送ってあげるからね?」
ニンマリと笑う一ノ瀬に、焦った千里がスマホを覗き込む。
「ちょっ……! 見せて下さい!」
「背景が悪いけど可愛いよ!」
一ノ瀬が手のひらで影を作って光を遮り、画像を千里に見せる。
千里は胸に手を当て、ふぅと息を付きながら俺と視線を交わした。
「拡散はしないでくださいね?」
「しない、しないって! でも千里のセーラー服姿は可愛いから皆に見せたいけどな」
「ホントに辞めて下さい!」
眉根を寄せた千里は念を押すように上目遣いで俺を見た。
「わ、分かったから」
実際、三田園千里のセーラー服画像があるとクラスで口走れば男子はおろか女子だって食いついて来るぞ。きっと見せて見せてと俺を取り囲んで行列が出来るのが目に浮かぶ。
だからお蔵入り画像になるのは勿体ないが……。一ノ瀬、画像楽しみにしてるからな!
俺たちは自転車を走らせ、割とすぐ近くにある駅に向かった。
「藍沢くーん!」
信号待ちをしている時、後方から聞き覚えのある声が聞こえ、俺たち三人は同時に振り向いた。
「いいんちょ!」
俺は思わず声を弾ませ、自転車の後ろに座る千里から睨み付けられる。
ヤバっ! 何、浮かれた声出してんだ俺は……。
急に冷や汗が出て、俺は一人緊張した。
「あれ? 一ノ瀬さんに……三田園さん⁉」
「おはようございます、仁科坂さん」
千里は彼女に怖いくらいの笑顔を見せる。
「可愛い制服っ! いいなぁ。そのセーラー服、聖北高だよね? さすがわが校一の秀才! 編入出来るなんて凄い!」
「えっ? それ聖北の制服だったんだ……凄っげ!」
一ノ瀬がたじろいだ。
「へっ? そんな凄いのか? 聖北って……」
俺は一ノ瀬の様子を見て仁科坂に視線を合わせた。
「知らないの? 藍沢君、聖北は市一番の難関校だよ!」
「嘘? マジで⁉」
俺は千里の学力の高さに驚き、絶句して顔をマジマジと眺めた。
「そんな引いた目で見ないで下さい、恥ずかしいです……」
市一番の難関校……ウチの学校だってここらじゃ上から数えた方が早いレベルの高校だけど……。その高校で赤点を取る男と千里じゃ世間が交際を許さないだろ。
信号が変わり、皆は自転車を走らせた。途中で千里を駅の入り口で降ろして別れを告げると、彼女は俺にべったりと抱き着いて仁科坂に所有権を見せつけるように手を振って改札をくぐった。
これって警告だよな……。俺は苦笑いで一ノ瀬と仁科坂に「行こうか?」と告げてペダルに力を籠める。
暫く自転車を走らせたとき、仁科坂が俺に「三田園さんとは付き合ってるの?」と笑顔を向けた。
付き合っていると言えば、そんな気はしない。お互い好きだと伝えあったけど二人で会ったりイチャ付いたりはしていない……。そういえば俺たちって付き合ってくれとか、彼女になってくれとか確認し合ったことって無いよな……?
勢いで結婚するって言ったのだって本気じゃ無いし……。
千里は実際どう思っているんだろう? 俺のこと『愛してます』って言ってたけど……。でも心配しなくても大丈夫か、その後も数回千里はキスしてくれたし。
ん? 待てよ……キスなら花蓮も一ノ瀬も数回してるぞ? したよりされた方が多いけど。
大丈夫か? 俺……。
「そんなに返答に窮する? 藍沢、大丈夫なの?」
「えっ? だ、大丈夫だよ! 千里とはお互い好きだって確認してるし……」
一ノ瀬は眉をひそめて「なにそれ? 藍沢ってそんなだから皆に反感買うんだよ!」と頬を膨らませる。
「藍沢君っていっつも可愛い子引き連れてる印象だけど、もしかしてハッキリしないのが原因なのかな?」
「そうだよ仁科坂さん。藍沢はね、誰にでも優しい超優柔不断最悪男子なんだよ」
ぐうの音も出ねぇ、ここ最近俺たちの関係がこじれまくってるのは紛れもなく俺のせいだから。
仁科坂は一ノ瀬の言葉にクスクス笑い「本当なの? 藍沢君」と俺の顔を覗き込んだ。
ソバカス顔が可愛い、内巻きの髪が彼女の優しさを引き立てているようで……って! いかんいかん、今考えたことだって浮気だ。
「黙っちゃった……藍沢君って可愛い」
自転車を並走させ、仁科坂は俺と目を合わせた。
ハンドルを握った彼女は前屈みで、胸が重力に負けて白いシャツがキツそうで……路面の段差で大きな胸が揺れている。
「ど、どうしたの? そんなに見られると恥ずかしいんだけど……」
「えっ? ご、ごめん」
不自然に目を泳がせ、俺は仁科坂から目を逸らした。
「どこ見てたのさ藍沢っ! 仁科坂さんの体じっくり観察して……ほんとエッチなんだから!」
一ノ瀬が口を尖らせる。
「違うって!」
「嘘つき! 仁科坂さんの巨乳見てたくせにっ!」
「バ、バカ! 変なこと言うなよ!」
「えっ? やだっ……」
仁科坂は赤い顔で俺をチラチラ眺め、自転車を減速させて後ろについて視界から消えた。
あーっ! これで俺は仁科坂の中ではスケベ野郎と認識されたに違いない。
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