第97話 撤退宣言?
誤解が解けたのか千里はいつもの穏やかな女の子に戻り、俺との久々の再開に話が止まらない。
お互いの近況を語り合い、千里は始めたばかりのモデルの悩みを相談する。
一ノ瀬は黙ってゲームに興じ、たまにチラチラと俺達を眺める。
長話は尽きなかったがもう時計の針は天辺を超えていた、千里は眠そうに瞼をこすったので俺は「そろそろ寝るか?」と促した。
常夜灯が部屋を鈍いオレンジ色に染める。
美少女二人は俺の布団で仲良く就寝中、スースーと寝息が聞こえる。
「あ、藍沢……起きてる?」
布団の横でクッションを枕に毛布を被った俺に、寝ていたと思った一ノ瀬が声をかけて来た。
「眠れないのか? 一ノ瀬」
俺は横に体を向け、布団の中の彼女を眺めた。一ノ瀬の大きな瞳に常夜灯の光が反射してキラキラ輝いていてオレンジ色の宝石のようだ。
「うん……。あ、あの……ごめんね、藍沢……私、二人の再会邪魔しちゃって……」
「邪魔な訳無いだろ? こんな殺風景な部屋に来てくれただけで俺は嬉しかったよ」
ニコリと微笑んだ一ノ瀬は真っ直ぐに俺を見ている。
「今日ね、二人のこと見てて思ったんだ……三田園さんには勝てないって……、彼女が遠くに転校して喜んでる嫌な自分がいて、それでもちっとも藍沢を捕まえられなくて……そんなのは最初から解ってるんだけど辞められなくて……」
「一ノ瀬……」
「やっぱ無理だなーって……完敗っていうか相手にすらならないなって……。だから最後にお願い聞いて欲しいんだ」
「お願い……?」
「諦めのラストキス……して下さい……」
そういったきり一ノ瀬は瞳を閉じた。
そう……だよな。俺も何時までも彼女の気持ちを利用していてはいけない……。また一人、俺から離れて行くのか? このキスを境に他人になってしまうのか?
俺だって解ってる! 一ノ瀬が勇気を振り絞って言ってくれた言葉に応えないと。
俺は一ノ瀬に近づき、唇にキスをした。
彼女は俺を泣きそうな顔でギュッと抱きしめ、手を離すと背中を向けて布団を頭から被った。
布団の中から息を詰まらせた声が小さく聞こえ、布団が小刻みに揺れる。
俺が一ノ瀬をかまったばっかりに逆に彼女を傷つけてしまった……。でも……俺は一ノ瀬を助けたい一心で……俺のやって来たことは余計な事だったのか? 結果的に彼女を悲しませただけじゃないのか? 頭の中が纏まらない。ただ、一ノ瀬との思い出が溢れ出し自然と涙も溢れ出す。
俺はきっと最悪な奴だ……。
翌朝、唇に僅かな感触を感じて俺は目を覚ました。
枕元には制服姿の一ノ瀬が正座してニヤけている。
「おっはよ! 藍沢っ!」
「一ノ瀬……おはよう……」
空元気なのか……? 元気な声に千里もゴソゴソと布団の中で体を動かす。
「朝ごはんも特製だから楽しみにしててね、もう出来るから」
立ち上がった一ノ瀬は小走りでキッチンへ向かった。
鼻歌が聞こえる、上機嫌なのか暗い気分を紛らわせたいのかは分からない。たけど多分、一ノ瀬が俺の部屋を訪れる事はもう無いだろう……。
脳裏で昨日の一ノ瀬とのキスが繰り返し再生され胸が苦しくなる。
「出来たよーっ! 熱いうちに食べてね」
一ノ瀬はホットサンドを焼いてくれた。昨日使った段ボールのテーブルに皿とお茶のグラスを置き、直ぐにキッチンに戻って再びホットサンドを焼き始める。
「一ノ瀬、いただきます」
俺は廊下のキッチンに立つ一ノ瀬にひと声かけてホットサンドにかぶりついた。
「ん? なにこれ……? 焼きそば? じゃないし……」
居間の開け放たれたドア枠を掴んだ一ノ瀬は俺のリアクションにほくそ笑む。
「ラーメンだよ」
「は? ラーメン⁉」
「そう、ラーサラ入れたの」
「らーさら? 何それ?」
「ラーメンサラダ、昨日のカレーと同じ札幌繋がりで作ったんだよ、どうかな?」
「旨いっ! しかも新鮮な味だな」
「何が美味しいんですか!?」
千里がガバッ飛び起き、寝癖の頭で振り返った。
「おはよう、三田園さん。慌てなくても大丈夫、今作ってるからね」
一ノ瀬はクスリと笑う。
俺の手元を見た千里は「ホットサンドですか? てことは中身が特別なんですね?」と期待を膨らませる。
「そろそろかな?」
一ノ瀬はキッチンに戻り、皿を取り出す音が聞こえた。
サクッと美味しそうな音がした、千里はホットサンドをかじると「んー! ううーん!」と可笑しな声を上げ悶絶する。
「これは新しいですっ! すっごく美味しいですよ一ノ瀬さん! 後でレシピ教えてくださいっ!」
「いいよ、後で送っといてあげるよ」
一ノ瀬はグラスにお茶を入れ、千里に手渡す。
千里が余りにものんびりしていたので俺は心配になって声をかける。
「千里、学校はいいのか? ここからだと遅刻確定だろ?」
「今日は撮影があるので学校はお休みします、勉強とモデルの両立は辛いですけど私も稼がないといけないので……」
千里は顔を曇らせた。
「大丈夫? 無理してないかい?」
「なんとかやってます。忙しいのは仕方ないかなって……いつ仕事が貰えなくなるかと思ったら断れなくて……」
「格好いいなぁ、三田園さん! 私もチャンスがあればやりたいくらいだよ」
「一ノ瀬さんも向いてるかも知れませんよ? かなり個性的で可愛いですから、そのキャラは貴重ですよ」
「そうだよ! 一ノ瀬もやってみたら?」
「まだ私、自信無いよ……。でも、また生まれ変われるかもね、藍沢が好きになった時みたく……」
苦笑いを浮かべた一ノ瀬はキッチンに向かい、再び調理を始めた。
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