第94話 こじれた距離
おいしそうな匂いがして俺は目を覚ました。
傍らには花蓮が制服姿で正座して寝ている俺を覗き込んでいて、お互いがドキッとして目を逸らす。
「お、お、起きたんだ。じゃ、ご飯食べて!」
花蓮は枕元で立ち上がり、思いっ切りスカートの中が見えて俺は咄嗟に寝返りをうつ。
脳裏に花蓮の部屋での出来事を思い出した俺は勝手にドキドキしてしまった。今日はさすがにあんな事は起こらないだろうけど急に女の子と二人きりで部屋にいる事が怖くなる。
花蓮は食事を温め直し、湯気の上る小さな土鍋を布巾で掴みながら両手で運んで来た。
「はい、雑炊! アンタの口に合うか分かんないけど!」
真横を向いて鍋を差し出す花蓮は頬を少し赤らめた。
「あ……ありがと……」
俺は鍋を受け取り、小さなテーブルに乗せた。
「いただきます……」
俺がポツリと言うと、花蓮は横を向いたままチラッと俺を見る。
レンゲでご飯をすくい口に放り込むと
「旨い、旨すぎる!」
花蓮は俺の傍に座って声を掛けた。
「作、慌てなくてもいっぱいあるからゆっくり食べなよ!」
俺の名前を言わなくなっていた花蓮がいつものように呼んでくれて俺は手を止めた。
花蓮をジッと見つめてしまった俺に彼女は困惑したのか目を泳がせる。
「ありがとう、花蓮。来てくれて感謝してる……」
「うっさいバカ!」
「バカはないだろ?」
「バカだからバカって言ってんの! 千里っちとチューチューしたかと思えば委員長と朝からデレデレしてさ!」
「は? デレデレって……? あれが?」
「してたじゃない! 作のヘンタイ女ったらし!」
だんだん花蓮の声が大きくなる。
「はぁ? お前、ヤキモチ焼くのも大概にしとけよ!」
「誰が作にヤキモチなんて焼くかっ! しかも勝手に破産の悲壮感しょい込んで苦学生演じてさ! みんなに相談したり頼ればいいのに恰好ばっかりつけて……アンタが今までみんなを助けて来たのにっ! 何で逆は出来ないのよ!」
花蓮は怒っていたが、堪え切れずに顎に皺を寄せて大粒の涙をボロボロとこぼした。
「花蓮……ゴメン……」
「アンタっていっつもゴメンゴメンって言うだけだしホント何なのよ!」
両手で顔を覆い、立ち上がった花蓮は「私帰るから!」と逃げるように早足で廊下に出て行く。
俺はふら付く体で花蓮の手を後ろから掴み、引き止める。
「放して!」
「待ってくれ花蓮!」
「嫌だ、アンタどうせ私に優しくして惑わせるの分かってるんだからっ!」
「そんなんじゃ……」
「私に優しくしないで!」
手を振りほどいた花蓮は靴に足先を突っ込んで外に出た。
「もう来ないから、ご飯は冷蔵庫に作り置きしといたから気が向いたら食べて! じゃあね」
ドアが閉まり、自転車を動かす音が聞こえた。俺は廊下に立ち尽くし花蓮に言われたことを噛みしめる。
「優しくしないで……か……」
頭の中がフリーズしかけて考えが纏まらない。
俺はよろよろと布団に戻って雑炊を再び食べ、そのまま布団に寝転がる。
腹に暖かい物を入れ、体に栄養が浸透して行く、花蓮のお陰で体の回復スイッチのボタンが押されたような気分になり心も落ち着いて来た。
「明日、学校行けるかな?」
俺は誰も居ない部屋で呟く。
バイト、もう少し休み入れるか……今回は無理をし過ぎて自爆したようなもんだし。
瞼が重くなった俺はそのまま眠りについた。
翌日、体調が回復してきた俺はまだ万全とは言い難いが登校していた。いつもより早く家を出てバス停まで歩き、バスの中では座れなかったので病み上がりには辛かったが何とか教室までたどり着き、疲れた体を休めるように席に着く。
「おう、作也! もう風邪は治ったのか?」
尚泰が俺に声を掛けるとレオナもやって来て俺の席の前にしゃがみ込む。
「大丈夫? 作也……」
「ああ、何とかな……」
「どれどれ?」
レオナは俺に額をくっ付ける。
大きな瞳を上に向け、「う〜ん?」と呟く彼女の整った顔が目の前に迫り、唇まで10センチの距離に俺は石化して心拍数が急上昇する。
「まだ熱い気がするなぁ? あんま無理しちゃダメだよ?」
まるで子供を相手にしているかのような彼女の言動に、勝手にドギマギした自分が恥ずかしくなる。
「あっ、花蓮ちゃん、おはよう!」
レオナが教室に入って来た花蓮に手を振ると、いつもは近寄って来ない花蓮が俺たちに近づいて来た。
「お早う、レオナっち。 作は? 良くなったの?」
「まだまだって感じ!」
レオナはやれやれと言わんばかりに手をパタパタと振る。
「花蓮、昨日はありがとな」
俺が彼女に頭を下げるとレオナは「なにそれ?」とニヤニヤして花蓮の肩を抱く。
「なーにがあったのかな? お姉さんに教えなさい? このっ! このっ!」
レオナが花蓮を小突き、花蓮は「うるさいっ!」と顔を赤くする。
「やっぱりまだ諦めてなかったんだ」
「そんなんじゃ無いからっ! 千里っちが不在の時に作に死なれたらこっちのせいにされるでしょうが! だから栄養付けてやったのよ!」
「付けたのは栄養だけかな?」
うひひっ! と笑いが止まらないレオナは逃げようとする花蓮の後を追う。
「あーっ、うるさい!」
「もっと聞かせろーっ!」
二人は廊下に出ていった。
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