第95話 一ノ瀬のお願い
2日後。
「藍沢! 今日バイト行かないんだよね?」
放課後一ノ瀬が、教室で帰ろうとしている俺の腕にしがみ付いてきた。
「えっ? まあ、そうだけど……」
「じゃあさ、藍沢ん
「は? 一ノ瀬、俺ん家お前ん家からどれだけ遠いか知ってるのか?」
「知ってるよ、家からだと自転車で45分くらいでしょ?」
「くらいでしょって……これから俺ん家行っても帰りの時間考えたら大して遊べないだろ」
「いいの! 今日は私が晩御飯作ったげるから」
背伸びをしてグイグイ俺を揺する一ノ瀬に俺はたじろぐ。
「ほう? 胃袋戦法ですか? 負けヒロインにはふさわしい戦術ですな!」
レオナが話に割り込んで来て歯を食いしばって笑う。
「ほんっとうるさい! 川崎さんも茶々入れて無いで早く彼氏でも作ったら?」
眉間に皺を寄せ、鬱陶しそうにレオナに反撃する一ノ瀬。
「彼氏? 私は一ノ瀬ちゃん触ってればいいかな、何か和むし」
レオナは一ノ瀬を後ろから抱きしめた。
「うげー、触んないでよ」
「触るよ、だって一ノ瀬ちゃんってひ弱だから柔らかくて気持ちいいんだもん! 作也も触る? もち肌加奈子」
レオナが俺を眺めながら手を滑らせ一ノ瀬をいやらしく触っている。
「う、うるせーよ」
俺は二人から視線を外して頬を掻く。
「ちょっと辞めてよ……あんっ!」
一ノ瀬は体をビクッとさせた。
「何、今の声! もしかして感じたのかな?」
グヘヘと笑うレオナは一ノ瀬の顔を覗き込んでいる。
「そ、そんな訳無いでしょっ! 川崎さんってホント馬鹿でしょ?」
一ノ瀬の体が柔らかいのは知っている、この間おんぶしたからな……何かこう、プニプニで吸い付くような感触だった……。
俺は手のひらを揉み揉みしながら感触を思い出し、ハッとして我に返ると二人は俺を軽蔑したように眺め、眉をひそめていた。
「なんかやらしくない? 作也の手付き……。一ノ瀬ちゃん、揉まれないように気を付けないと」
「バ、バカじゃないのっ! 行こっ! 藍沢!」
一ノ瀬は顔を真っ赤にしながら俺の手を引っ張って校舎の外に連れ出した。
帰り、食材を調達してアパートに着いた俺たち。一ノ瀬は大きなレジ袋を抱えてアパートのドアの前に立ち、俺が鍵を開けた時、彼女は大きく唾を飲んだ。
一ノ瀬の緊張感が急に俺に伝わる、顔を見ただけでドキドキしているのが分かり、釣られて俺もドキドキする。
ドアを開けて一ノ瀬を俺の部屋に通すと部屋の真ん中に布団が敷かれていて、慌てて布団を片付ける。
「汚くてごめんな? 一ノ瀬」
一ノ瀬は殺風景なダンボール箱が積まれた部屋を眺め呟いた。
「藍沢、かわいそう……部屋に何にも無いじゃん」
「そうか? 部屋っていっても学校やバイトでほぼ家に居ないから寝るだけだし大して不便でもないぞ?」
部屋に何も無いって事は逆に言えば俺と一ノ瀬だけが居るって事で、マジマジと二人が対峙する光景にお互いが変に意識する。
一ノ瀬は俯き加減で落ち着きがなく、会話を続けたくても余りに殺風景でネタが思いつかない。
シーンとした部屋で床だけが軋み、自分の髪を触る一ノ瀬。
俺は彼女が手に提げている重たそうなレジ袋持ってやろうとした時、手が触れて一ノ瀬は身体を跳ねるくらい動かし廊下に走り出した。
「早く作んないと時間無くなっちゃう!」
彼女はそそくさと調理を始めた。
「何が出来るのかな?」
俺は一ノ瀬が包丁を握る後ろでまな板を覗き込む。
「藍沢の思ってる物だよ、一緒に買い物したから大体わかるでしょ?」
細い手で人参を持ち、背後の俺を見上げる一ノ瀬は首を傾げた。
「うん……でもちょっとアレンジ効かせて来そうだから楽しみに待ってるよ」
俺の言葉に微笑んだ一ノ瀬は「お腹を空かせて待ってなさい!」とおどけた。
スパイシーな香りが部屋に漂う、普通に考えてカレーだけどスパイス調合したのか?
独特な香りは食欲をそそり、完成が待ち遠しい。
廊下から鼻歌が聞こえ、一ノ瀬が上機嫌で仕上げ作業に入っている。
「藍沢、もう出来るよーっ」
弾んだ声に引き寄せられ、俺は一ノ瀬の傍に近づくと、彼女は牛乳を計量カップに真剣な表情で波々と注いでいた。
「一ノ瀬――」
俺が声を掛けた時、彼女はビクッ! と体を跳ねるように驚かせ、手元が狂って思いっ切り牛乳をこぼし、慌てふためいて床にすっ転んだ。
「うわっ! 一ノ瀬、ごめん‼」
夏服の制服が濡れ、シャツが肌に張り付き白いブラが透け胸の谷間がうっすらと見える。紺のスカートは白濁し、足を滑らせて俺の目の前で大股を開き、下着も濡れてお尻も透けている。
「だ、大丈夫かっ?」
「痛ってー! 最悪……」
俺は一ノ瀬の透けた体を見ないように肩を抱いて床から上半身を引き起こした。
「もう、べしゃべしゃだよ……」
一ノ瀬は自分の姿を確認したかと思うと、急に「み、見ないで」と胸を隠すように自分を抱きしめる。
床で小さくなっている一ノ瀬に俺は風呂場のドアを開け、「体洗って。今着替え用意するから」と優しく声を掛けた。
「あーあ……、仕上げのドリンクが……」
悲しそうな目で牛乳まみれの床を眺め、ため息を付く一ノ瀬。
俺はバスタオルを彼女に渡し、「服は洗濯機に突っ込んで、着替えは探すから」と促す。
一ノ瀬は床を拭こうとタオルを手に取ったが、俺は「やっとくからシャワー浴びて」と彼女からタオルを奪い取る。
「ごめん、藍沢……」
悲しそうな一ノ瀬を励ますように俺は満面の笑みを浮かべる。
一ノ瀬は脱衣所に入り、静かに扉を閉めた。
俺は床を拭き、シャワーの音が風呂場から聞こえて来たので脱衣所に入って床を拭いたタオルを洗濯機に突っ込んでスイッチを押して居間に戻った。
着替えって言ってもな……下着はどうすれば……俺のパンツを履かせる訳にもいかないし。
段ボールの中をほじくり返して一ノ瀬に貸す服を探すがどれもしわしわでヨレヨレしかもかび臭い。
うわー、こんなの貸せないぞ。
俺は制服用の白いTシャツとワイシャツを脱衣所に放り込み、ズボンを探す。
焦って部屋をウロウロしていると不意に呼び鈴が鳴った。
はぁ? もう7時近いのに誰だよ。観ないテレビの営業か? こんな時にうるせーな。
俺はイライラしながら玄関ドアを開けた。
暗闇から人影が飛び込み、いきなり俺に抱き着き、遅れて甘い花の香りが漂う。
「会いたかったよ作クンっ!」
「ち、千里っ⁉」
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