第92話 花蓮の視線
高校の門をくぐり抜け、駐輪場に着くと俺と仁科坂は自転車を隣に並べて降りた。
その時、後ろに自転車がキッっと音を立てて停まり、顔を向けると花蓮がこちらを無言で睨み付けていて俺は思わず後ずさる。
「三島さん、おはよう」
仁科坂が花蓮に声を掛けだが、花蓮は無視して俺達からかなり遠くに自転車を停めた。
「ごめん仁科坂、花蓮とは最近色々あってな……気にしないでくれ」
「いえ……気にはしてないです」
彼女は苦笑いを浮かべる。
なんなんだよ花蓮の奴! あからさまに無視したり、睨んだり……俺のことが嫌いなら近寄らなきゃいいだろ!
ポケットの中でスマホが震えた、俺が画面を確認すると花蓮からメッセージが来ていた。
『アンタって見田園千里の彼氏じゃないの?』
メッセージはそれだけ……。
何だよ……訳分かんねーな! 言いたいことがあるななら面と向かってハッキリ言えよ!
俺は少し苛ついてスマホをポケットにしまった。
教室に入るとレオナが俺の背中に覆いかぶさるようにくっ付いてじゃれてくる。
「おはよー作也! 久し振りっ!」
「はぁ? 何が久し振りだよ……昨日も会ったろ」
「だって今まで同棲してたから家に居ないと変な感じするんだもん」
「同棲じゃないだろ? まったく! くっ付くなよ、暑苦しい」
「まーたまた! ホントは嬉しいくせに!」
レオナの胸が背中に当たり、柔らかい感触に俺の全身に汗が滲み出る。もしかしてワザとやってるのか?
俺はマジマジとレオナの顔を観察したが彼女は可愛らしい顔で「ん? どしたの?」と首を傾げて逆に俺を観察する。
「藍沢ーっ!」
一ノ瀬も俺にくっ付いて来た。二人の美少女に抱き着かれ、俺の周りにパッと花が咲く。
「今日の帰り家に遊びに来てよ? いいアニメ仕入れたんだからっ!」
「えっ? そうなのか……?
「えーっ! 藍沢と一緒に観たかったのに……」
一ノ瀬は渋い顔で俺を睨む。
「私、観たーい!」
レオナが一ノ瀬の背中に飛び乗った。
「うわっ! そのアニメ川崎さん向きじゃないから! 死んだり爆発とかしないし」
「なにそれ? 逆に気になるよ、もしかして微エロなやつとか? 見終わった後に作也と良い雰囲気になりたいのかな?」
一ノ瀬は顔を真っ赤に染め、口をワナワナさせた。
「な、な、何いってんの? そんな訳ないじゃん!」
「作也! 一ノ瀬ちゃんの家に行ったら貞操の危機かもね?」
「バ、バカじゃないの? 川崎さんてホント最低」
レオナは大きな声でケラケラと笑い、「作也、褒められちゃったよ」と俺の背中をバシバシ叩いた。
朝、仁科坂に会い、教室でいつもの二人に会い、俺の心の中が一気に晴れた。隣の空席を見ると暗くなる俺を励ましてくれているのかレオナと一ノ瀬は最近ヤケに優しい……千里が去り、花蓮が俺を避け、人間関係が微妙に変化するのを和らげるように……。
体育の時間、男女に分かれて体育館をネットで半分に仕切り、男子は跳び箱、女子はバスケをしていた。
レオナは背が高く何度も格好良くシュートを決め、その都度歓声が上がる。
花蓮はすばしっこく動き回り、敵を翻弄している。
俺はネット際で花蓮のプレーを何気なく眺めていると彼女と目が合い、その直後花蓮の顔面にボールがぶち当たった。
「三島! 大丈夫?」
クラスの女子が床に寝転がる花蓮を覗き込む。
ヤバっ! 今のは確実に俺のせいだ。
「ちょっと、何よそ見してんのよ?」
「ゴメン、ちょっとね……」
花蓮は立ち上がり、小さいお尻に付いた埃を手で払った。
体育の授業が終わり、昼飯の時間。俺は尚泰とパンをかじって下らない話に盛り上がり大笑いをしていた、目じりの涙をぬぐいヒーヒー笑っているとまた花蓮と目が合った。
何なんだ? チラチラ一日中俺を観て……。花蓮とギクシャクしてからは話しづらくて気安く話し掛けられない、だから彼女が何を考えているのかは分からない。
学校帰り、バイト迄の時間が無かった俺は必死に自転車を漕ぎ、居酒屋に向かっていた。
30分の道のりを激チャリで爆走し、上がった息のまま俺は居酒屋に入り着替えて直ぐにキッチンに向かう。今日も相変わらず忙しい、息つく暇も無い時間が過ぎ、何だか眩暈がして来た、立っているのがダルい、さすがに疲れが溜まって来たらしい。だけど金が必要だ、体力の低下は否めないが俺は何とか踏ん張って仕事をこなす。大丈夫、体が慣れていないだけだ、そんな時間も忘れて没頭する俺に店長から声が掛かる。
「藍沢君、上がっていいよ」
夜の10時、俺の仕事は終わりの時間を迎えていた。
帰りにコンビニに寄り、売れ残りの揚げ物だらけの茶色い弁当を買い、家に着いた途端にスマホを眺めながら弁当をむさぼり食う、コーラのペットボトルを開け一気に半分ほど飲み一息着くと敷きっぱなしの布団にゴロンと寝転ぶ。
労働の後の至福の時……腹だけは満たされた俺は一気に眠くなりそのまま意識が途切れた。
夜中に目が覚める、制服姿だった俺は電気を消してそのまま布団を被った。そして朝、目覚ましが鳴り重い体を引きずるように体を起こして背伸びをしながら冷蔵庫を開ける。
「あっ……食うもんねぇ……」
俺は飲みかけの炭酸の抜けたぬるいコーラを飲み干して登校時間までスマホを眺める、制服のまま寝たから着替えなくていい、これって結構楽かもな……。
そんな事を繰り返しながら迎えた金曜日、俺は授業中に悪寒を感じていた、ヤバ……風邪か? バイト行けるかな……。
授業の合間の休憩時間、レオナが机で突っ伏す俺に声を掛け、俺はムクリと顔を上げた。
「作也、顔色悪いけど大丈夫? 具合悪いの?」
「何か寒い……」
「えっ? こんなに暑いのに?」
レオナは前髪をかき揚げ、俺のおでこに自分のおでこを当てた。
俺はドキッと体を震わせたが、それが悪寒のせいかは分からない。
「凄い熱! 保健室に行きなよ!」
「いや、面倒くせえからいいわ……」
「何いってんのよ、立って!」
レオナは俺を無理やり引っ張り上げ、ふらつく俺の手を引く。
花蓮は教室を出ていく俺達をジッと目で追い、何か文句がありそうな苛ついた態度をしているように見える。
何だよ花蓮……文句は風邪が治ってからにしてくれ……。
レオナは俺を保健室に連行した。
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