第89話 それぞれの報告

 一ノ瀬親子が帰り、少し寂しくなった家の中でドタバタと階段を駆け上がって来る足音が響く。

「作也! 部屋決まったよ!」

 レオナが短パン姿で俺の部屋にいきなり飛び込んで来た。

 机に頬杖を付き、スマホを片手に椅子に座っていた俺は体をビクッとさせて振り返った。

 レオナは俺のリアクションに笑い、「なに、そんなに驚いてんのよ! 何かやましいことでもしてたのかな?」と俺の背中に抱きついた。

 フワッと良い香りがする、レオナは俺の手元のスマホを除き込み、「エッチなの見てたんでしょ?」と俺に顔を寄せる。

 ち、近っ! 彼女の金髪が俺の頬をくすぐり、前屈みになった胸元がシャツの隙間から谷間を覗かせる。

「へ、部屋探しに決まってんだろ!」

 仰け反った俺はドキドキしながらレオナの可愛い顔を間近で観察した、瑞々しいピンク色の唇が柔らかそうで思わずキスをしたくなる衝動に駆られる。な、なに考えてるんだ俺は! 

 ギクシャクした俺の態度にレオナはクスッと笑い、「何? いま私のこと意識したでしょ?」とからかう。

「バ、バカ言え! んな訳あるかよ!」

 心を見透かされた俺は、誤魔化すように声を大にする。

「ふーん?」

 ニヤニヤしたレオナは椅子をクルッと回転させて俺の腿を人差し指で撫でると、膝の上に向かい合わせで跨った。

 彼女の太ももがムニッと潰れ、張りのある胸元が薄い生地の中で狭そうに生地を押し上げている。

「何か寂しいなぁ、こうこうやって作也のこと、からかえなくなっちゃうから……」

 レオナは俺の首に細い腕をまとわりつくように廻し、顔を至近距離に近づける。

「作也、ドキドキしてるでしょ?」

 瞬きした彼女はいたずらっぽく笑った。

「そ、そりゃ、レオナにこんな事されたらドキドキしない男はいないだろ……」

 俺は思わず目を逸らす。

「男の子がドキドキしてるときは女の子もドキドキしてるんだよ? ねえ、覚えてる? 私達が初めて会った時のこと……」

「ああ、忘れるかよ、お惣菜独り占めされたからな」

「あれ、ワザとだから!」 

「何だよそれ?」

「何か作也見てたら可愛くて意地悪したくなっちゃったんだもん!」

 レオナはクスクス笑う。

「しかも次の日、クラスにいるし、シェアハウスにいるし、裸見られるし……」

「あれはマジでゴメン……」

 重力に逆らう上向きの奇麗な胸を思い出した俺は向い合わせのレオナの胸に視線を落としてしまった。

「裸を見られたのが作也で良かったよ……。ここには思い出がいっぱい、だから無くなってほしくないよ……ってヤバっ! なに私、ノスタルジーに浸ってんだろ!」

 レオナは俺の膝から飛び上がるように降り、舌をペロっと出して笑った。

「転校するのか?」

 俺は彼女を見上げ、恐る恐る聞いた。

「うん!」

「そうなんだ……」

 俺は顔を曇らせる。

 レオナはニヤニヤと俺を眺め、頬を震わせて笑いを堪えている。

「嬉しーっ! がっかりしてるし! 嘘だよ嘘! 転校しないからっ!」

「お前なぁ!」

「いま作也、一瞬泣きそうな顔したよね!」

「するかよ!」

「まーたまた! ホントに作也は可愛いやつだ!」

 レオナは嬉しそうに俺にウインクすると後ろ手に手を振り、投げキッスをして部屋を出て行った。

 クソーっ! 完全にもてあそばれた……。でも良かった、レオナが居なくならなくて……。



 翌日、日曜日。

 スーパーで段ボール箱を分けて貰ったレオナが自分の部屋で荷造りをしている、俺は彼女を手伝い、重い荷物を一階に運び玄関の階段脇に積み上げ再びレオナの指示を請う。

「腹減ったな、そろそろ昼にするか?」

 俺はドア枠に寄りかかって、ベッドに座って服を畳んでいるレオナに言った。

「もうお昼? そうだね、お腹すいたし。そういえば千里ちゃんは? 今日、帰って来るのかな?」

「そのはずだけど……親父さんと喧嘩して無きゃな……」

 俺は苦笑いしてレオナと目を合わせる。

「また激ギレしてたりして!」

 レオナは歯を食いしばって笑った。



 夕方、晩御飯の準備をしていた時、玄関ドアの開く音が聞こえた。

 俺はピクンと体が勝手に反応し、包丁をまな板に置いて玄関に向かう。

 千里が白い清楚なワンピース姿で靴を脱いで廊下に上がると、俺に走って抱き着いた。

「お別れみたいです……」

 千里は俺の胸で顔を上げた。目の周りが赤く腫れている、相当泣いていたみたいだ……。

 大きな目からポロポロと涙が溢れ出し、千里は声を殺して俺の胸に顔を埋めて肩を震わせる。

 俺は彼女の背中をそっと抱きしめ髪を撫でる、薄々分かっていた事とはいえ、俺の心は深海に沈んで行くようで苦しくなる。

「遠くに行くのかい?」

 俺は泣いている彼女に囁いた。

「い、いえ、……っ、でも、でもっ! お、同じ高校にはっ……通えないんですっ!」

 子供のように泣きじゃくる千里の声にレオナが部屋から顔を出し、階段を下りて来た。

「千里ちゃん……お別れなの?」

 レオナは千里の背中に優しく声を掛けた。

 千里は俺から離れ、レオナにも抱き着いて泣いた。

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