第80話 不機嫌

 翌朝、自宅前に集合したいつものメンバー、だけど明らかに一人トゲトゲしている奴がいる。

 せっかくケーキバイキングに連れて行ってやったのに花蓮の機嫌は悪化していた。朝の挨拶からしてイライラが感じられたし何しろ俺に向ける目付きが怖い。

 長い付き合いである俺と花蓮、だから対処法は心得ている。

 この場合は放置だ。

「おはよう花蓮ちゃん。私、あのあと胸焼けしちゃって家で胃薬飲んじゃったよ」

 レオナは花蓮の腕に掴まり、おどけた。

「私は大丈夫だったけど」

 レオナの浮かれようとは対照的な態度で花蓮はぶっきらぼうに答えた。

「えーっ! 私より食べてたのに? 凄い! 鉄の胃腸だね!」

「うるっさい!」

 花蓮の棘のある声に皆は一瞬静まり、レオナが「花蓮ちゃん怖ーい」といつもより甘えた感じで咄嗟に場を和ませる。

 場の雰囲気を壊した花蓮は下唇を噛み、自己嫌悪に陥ったかのように渋い顔をした。

 嫌な沈黙が数秒。一人ペダルを漕ぎ始めた花蓮は「じゃ、行こっか?」とわざとらしい程に明るい声を出す。

 離れて行く花蓮の背中を追うように皆も何となく後に続いて自転車を走らせる。

 花蓮の機嫌悪化の原因は俺で間違い無い、多分彼女の前でイチャつき過ぎたのと大人数で行ったのが気に入らなかったんだろう……。でも、珍しい……花蓮なら当日キレて翌日はスッキリってのが定番なのに。

 高校に着き、上履きに履き替えた花蓮はスタスタと早足で一人階段を上る。

 俺は頭を掻きむしり、「あーっ!」と苛ついた声を出して放置しようとしていた彼女に追いつき、耳元で囁いた。

「何怒ってんだよ花蓮、言ってくれないと分からないだろ?」

「言わなきゃ分かんないんだ?」

「いや……何となくは分かるけど……」

「あっそ!」

 花蓮は歩みを加速させる。

「なあ、皆も気にしてるから……」

「うるさい、うるさい、うるさいっ!」

 花蓮は廊下を駆け、女子トイレに逃げ込んだ。

めなって作也! あんまり追い込まない方がいいよ……」

 俺の肩を掴んで忠告するレオナ。

「なあレオナ、昨日花蓮は俺のこと何か言ってなかったか?」

「うーん、何も言ってなかったと思うけど……」



 授業中、俺のスマホがポケットの中で振動した。

 俺はポケットの中に手を突っ込みこっそり画面を覗き込む。

 ホーム画面には花蓮からのメッセージ通知、俺は気になってSNSを確認しに行く。

『放課後、二人で会いたいから予定空けといて』

 メッセージはそれだけ、俺は板書している花蓮の姿をふと眺めると、彼女は俺をチラリと見て目が合った。

 一瞬ニコッとした花蓮はノートに視線を戻し再びペンを走らせる。

 花蓮に笑い掛けられた時、俺の体がピクンと動いてしまい隣の席に座る千里が俺を見た。

 千里は俺の視線の先に居た花蓮と俺を交互に眺め訝しげな表情を俺に向ける。

 放課後空けろって言ったって、いつも皆で帰ってるんだから二人だけ居なかったらバレバレじゃないか。

 どうする? 花蓮の様子を見て決めるか……秘密にするなら俺もそれに合わせよう……。



 放課後になり、レオナが花蓮に近づくと「今日、用事あるから先に帰るわ」と手を振り廊下に消えた。

 その直後、スマホにメッセージが来た。

『私の家に来て』

 可愛いウサギが手招きしているスタンプを添えた花蓮からのメッセージ、なんだ? 半日経ってだいぶ機嫌が良くなったのか? 

 俺は何気なく廊下に出て帰ろうとすると千里が声を掛けてきた。

「どこ行くんですか?」

 ギクリと体が軋んだ感覚がしたが、俺は平静を装って「ちょい寄り道するから先に帰っててくれ」と彼女に告げる。

「珍しいですね……どこにですか?」

「えっ? ……ま、街だよ街!」

「街? 何しに行くんですか?」

 ヤバっ! 尋問が始まる。

「藍沢、街行くなら私も行きたい」

 一ノ瀬が俺の腕を掴む。

「いや……だから……大した事じゃないから」

「怪しい、見られたらヤバいとこ行く気でしょ? メイド喫茶とか!」

 一ノ瀬が俺に疑いの眼差しを向ける。

「ち、違うからっ! とにかくまた後でな!」

 俺は逃走した。

「あーっ! 逃げた!」

 不満気な声を背中に浴びながら、俺は駐輪場に急いだ。



 花蓮の家に着くと、玄関前に彼女の自転車が置いてあった。俺はその隣に自転車を停め、玄関フードを開けて呼び鈴を押し、暫し待つ。

 カチャリとドアが開き、花蓮が顔を出して微笑んだ。

 何だ? 機嫌良さそうじゃないか……。

「入って……」

 制服姿の可憐が俺の手を掴んで玄関内に引き込む。

「お邪魔します、作也です!」

 俺は居間に聞こえるように声を張るが反応は無い……。

「あれ? 家の人は?」

 俺は花蓮を見つめた。

「作、私の部屋に行ってて」

 花蓮は俺の質問に答えず、居間に行ってしまった。

 花蓮の部屋なんて久々だな……。俺は緊張気味に階段を上がる。

 彼女の部屋のドアの前に立つと木の文字で『かれん』と表札がドアの真ん中にぶら下がっていた。懐かしいな、数年前迄はここに入浸ってたのに……何年振りだろう。

 恐る恐るドアを開けると化粧品のようないい香りが部屋から溢れ出し、俺は香りに招かれるように自然と部屋の中に足を踏み入れていた。

「すっげー女の子っぽい部屋になったな……」

 ピンクを基調としたアイテムが部屋中に溢れ、可愛らしい縫いぐるみが複数棚に鎮座して俺を見つめる。壁には大きなコルクボード、そこにはたくさんの写真が鋲でとめられている。

 おじさん若っ! 花蓮も小さくてかわいい、子供の頃の写真に俺は思わず頬を緩めた。その写真の右下に俺の写真……いつのだろ……? 小6くらいか? お互い体を少し背け、渋い顔をしている。あの頃からお互い異性として意識し始めてよそよそしくなったんだっけ? クラスメイトに付き合ってるって茶化されて……。

 カチャリとドアが開き、花蓮が姿を現した。

「お待たせ」

 お盆に乗せた紅茶とお茶菓子を学習塾の上に置いた花蓮は俺にベッドに座るように促し、自らは学習塾の回転椅子に座る。

 花蓮は俺にティーカップとお茶菓子を手渡した。

「ありがと……」俺は紅茶を一口飲んで続けた。

「なあ花蓮、わざわざ部屋に連れて来てどうしたんだよ?」

 お茶菓子をフォークで刺し、口に入れた可憐がチラリと俺と視線を合わせる。

「ん? だってここなら邪魔が入らないでしょ?」

 花蓮は満面の笑みで答えた。

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