第79話 どこでもバトル

 ガラスの嵌った白い木のドアを開けると中から甘い香りが漂い、女子たちはうっとりとしたユルい顔を見せた。

「うわぁ、凄い凄いっ!」

 千里が幼女のように飛び跳ね、いつもは見せない無邪気な可愛らしさに俺はほっこりとして此処に連れてきた甲斐があったとほくそ笑む。

「やっば!」

 レオナはゴクリと喉を鳴らした。

 北欧の民族衣装のような衣装の店員が「5名様ですか?」と俺に聞く。

 中学生以上は大人料金……無限に食べられるであろう食べ盛りの俺たちには学割は効かない。

 俺は受付の店員に一万円札を一枚渡した、勿論お釣りは無い。

 板張りのレトロな床を歩き、空いた大きなテーブルに案内された俺たち5人は銘々に椅子に荷物を置き、戦闘態勢に入る。

 待ちに待った90分食べ放題のケーキバイキングの始まりである。

 皆は皿を手に取り小さく切り分けられたケーキを眺め、ウロウロし始めた。

 百種類以上はありそうなケーキの洪水、その中から俺は幾つかのケーキを皿に取り、ドリンクを探す。壁際にドリンクサーバーを見つけた俺はブラックコーヒーを注ぎ、紙コップを片手に持ち席へと向かう。途中でワッフルを焼く良い香りに引き寄せられたが両手が塞がっていたので後で食べようと心に決める。

 俺がテーブルに戻るとレオナと花蓮は既に席に着いてケーキを頬張っていた。

「早いな、もう選んだのかよ?」

 椅子を引きながらテーブルを何気に眺めると二人は大して大きくも無い皿にてんこ盛りに色とりどりのケーキを乗せていて、俺は一瞬ギョッとして皿を二度見した。

「なっ! そんなに食うのかよ⁉」

「うん、全種類食べたいし!」

 口と皿の間で素早くフォークを往復させ、花蓮はパクパクとケーキを食べ紅茶で胃に流し込む。

「全種類? そんなの無理だろ、だいたい――」

 危ねー! 地雷を踏むところだった、俺は口をつぐんで席に着く。

「太るって言いたいんでしょ! だいたいアンタがここに連れて来たんじゃない!   

 作、罰として私にもブラックコーヒー持ってきて!」

 花蓮は不機嫌そうに口に着いた生クリームを紙ナプキンで拭きながら俺に命令する。

「そんなこと言ってないだろ?」

「言ったも同然だよ、作也! 私はダージリン飲みたい」

 レオナはケーキに集中し、俺には目もくれず俯きながら口をモグモグさせている。

 うげっ! 早速パシリかよ! でもいいか、俺が連れてきたんだし大いに楽しんでもらいたいから。

 彼女たちの要求に応えるため俺は席を立ってドリンクを取りに行く途中、千里とすれ違い、「作クン、二回戦ですか?」と笑顔で声を掛けられた。

 その後ろで挙動不審な奴が一人、皿にケーキ一個を乗せ動物園の熊のようにクルクルとその場で回転している一ノ瀬の姿。完全にパニック起こしてるだろ!

「一ノ瀬はどんなケーキが好きなんだ?」

 俺は彼女の肩にそっと手を添えて聞いた。

「うぇっ? あ、藍沢か……。私、小食だからあんまり食べれないし、吟味してたら選べなくなったよ……」

「じゃあ、俺に食わせたいの選んでくれないか? 2つずつ取って俺に分けてくれよ。俺、花蓮たちにドリンク頼まれて手が空かないから」

「う、うん! 分かったよ! 藍沢に食べさせたいやつね?」

 一ノ瀬は声を弾ませ、鼻歌を歌いながらケーキを物色し始めた。

 俺がドリンクを調達してテーブルに近づくと女子たち全員が揃ってケーキを食べていた。ヤバっ! このテーブルの女子たち可愛すぎるだろ! 俺が座るのをためらう程の絵ずらに足が止まる。隣の席に座りてぇ、女性客が多いとはいえかなり目を引く光景だ。

「作、遅いっ!」

 花蓮が俺に手を伸ばしてコーヒーを要求する。

「悪り、遅くなった」

 席に着いた俺は二人にドリンクを手渡した。

 俺の真向いに花蓮、両隣に千里と一ノ瀬、そしてこの光景をニタニタと眺めている斜め向かいのレオナ。

「藍沢、はい!」

 一ノ瀬が左側から俺の口にケーキの刺さったフォークを運ぶ。

 小さなケーキを俺は一口で食べ「うん? この味……旨いな」と呟く。

「ちょっ! 加奈子。何やってんのよ!」

 花蓮が一ノ瀬を睨む。

「え? だって藍沢が後で食べさせてくれって言ったから……」

「何それ! どういう事? 作っ!」

「いや、食べさせてくれと言った訳では……」

「じゃあ、なんで食べてるんですか? しかも嬉しそうにっ!」

「ち、千里! 違うんだって!」

「えっ? 違わないじゃん! さっき言ってたし」

 一ノ瀬は俺が口を付けたフォークで同じケーキを頬張った。

 その時、2つのフォークに刺さったケーキがギュンと俺の眼前に差し出され、花蓮と千里が睨み合った。

 あーっ、始まった……この場合やっぱり先に食う順番は重要なのか?

 俺が恐る恐る口を開けると、2つのケーキが同時に口に押し込まれる。

 それを見ていたレオナが噴き出して笑い、テーブルの天板を嬉しそうにバシバシと手のひらで叩いた。

「作也! 私も食べさせてあげようか?」

 目じりに涙をため、一人嬉しそうなレオナ。

「何かおかしかった? レオナっち!」

 花蓮がギロリとレオナを睨むが、レオナは意に介さない。

「藍沢、口にクリームついてるよ」

 一ノ瀬が俺の口のクリームを指でぬぐい、その指をペロッと自分で舐めた。

「あーっ! 加奈子ーっ!」

 花蓮が大きな声を出して店内で要らない注目を浴び、俺は彼女を必死になだめた。

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