第78話 合同デート
週末。
「結局こうなっちゃうんですよね……」
千里は歩道を歩きながら少し不満げに長い黒髪を光らせて俺の顔を覗いた。
「はは……」
俺は笑って誤魔化すしかない、色々な要求を解決するにはこうするしか無かったんだ。
「今月末は予定空けといてって言ったのに!」
前を歩く花蓮も振り返って俺に不満をぶつける。
「いやぁ……空けとけとはとは言って無かったような……」
「は? なんか言った?」
花蓮は俺に鋭い目を向けた。
「でもさ、千里ちゃんと花蓮ちゃんだけなら喧嘩しちゃうの目に見えてるし、ここは安定剤的な私が居ないとね?」
レオナはポニーテールをリズミカルに揺らし、後ろ向きで俺たちを眺めながら楽しそうに歩いている。
「川崎さんは美味しい物にありつけるから付いて来たんじゃ無かったっけ?」
「一ノ瀬ちゃん、それ言っちゃダメっ!」
胸の前で腕をクロスさせたレオナは笑って一ノ瀬に抱き着いた。
「うわーっ! 辞めろ、暑苦しい!」
「だって一ノ瀬ちゃん可愛いんだもん、だんだん色気づいていく所とか」
「う、うるさいなー!」
「今日、良い匂いするね? 作也、一ノ瀬ちゃん嗅いでみな?」
「いいって、余計なこと言わないでよ!」
一ノ瀬は顔を真っ赤にして俺から逃げるように駆け出した。
「待てー! 嗅がせろーっ!」
レオナは歩道で一ノ瀬を捕まえて髪をクンクンと嗅いで喜んでいる、一ノ瀬は物凄く嫌な顔をしているが。
千里の親父さんを説得し、酷い脱力感に襲われていた俺に間髪入れずに差し向けられた刺客の花蓮は、露出度の高い可愛い服で俺の部屋に上がり込み、グイグイと迫っていきなりデートの強要をしてきたのだ。
だけど……週末は千里を遊園地に誘わなかった埋め合わせをする日で、困った俺は二人を一度に誘ってしまった。
二人きりになるのが怖かったから……。相変わらずズルい奴だなと自分が嫌いになりそうだ。どうにかなりそうなほどキスをした千里と自分の胸を触らせてきた花蓮、その続きが始まりそうで怖かった俺はレオナに出掛けることをリークし、遊園地で要求された誠意も兼ねて敢えて付いて来るように仕向けてしまった。
美少女にあんなふうに迫られれば男の本能が暴走しそうだ、恋愛感情に関係なく俺は二人を…………、それは駄目だ……。
「どうしたの? 作……」
花蓮は首周りの広いレースの可愛らしい服から奇麗な鎖骨を俺に意図せず見せつけ、隣で不安げに首を傾げた。
「いや、何でもないよ」
「そうかな……? なんだかもの思いにふけってるみたいだけと……」
俺は言葉が見つからず、花蓮との間に微妙な無言の時間が過ぎて行く。
「アレじゃない?」
レオナが丘の上に建つ白い建物を指さした。
「うげーっ……あんなとこまで歩くの? しかも上り坂じゃん」
一ノ瀬はげんなりして猫背で立ち止まった。
「出たな! 引きこもり星人!」
「あんな距離歩いたことないし……」
「はあ? アンタどんだけ運動不足なのよ」
レオナは天を仰いだ。
「一ノ瀬さん、大丈夫でしょうか……?」
千里は心配そうに俺に視線を向けた。
目的の建物の門の前に着いた俺たちは少し遅れて坂を登ってくる一ノ瀬を待つ。
「可奈子ってホント体力無いわね……」
花蓮が腰に手を当てて呟いた。
俺は見かねて一ノ瀬の元へ坂を下り、手を掴んで引きつつ声をかけた。
「頑張れ、もう少しだから」
「痛たたたたた……! 足吊った、足……!」
一ノ瀬は急にしゃがみ込んでピンク色のスニーカーを手で押える。
「はあ? マジで⁉」
俺は一ノ瀬の前に背を向けて、「おんぶしてやるから乗れ」と屈んだ。
「え、いいよ……そんなの」
「皆が待ってるし、早く乗って」
「え? ……う、うん」
俺はスカートから出た一ノ瀬の腿の裏に手を回して立ち上がろうとすると、彼女の体がビクッとするのを感じた。
手のひらに少し汗ばんだ柔らかい肌が吸い付く。筋肉が無さ過ぎて俺の手が彼女の腿にめり込み、背中に感じる意外とある胸の膨らみが暖かい。一ノ瀬も女の子と悟った時、俺はじっとりと汗が出てきて顔が熱くなった。
「これが負けヒロインのやり口かぁ、上手いなぁ!」
レオナが坂の上から大声で一ノ瀬を茶化すと「う、うるさいっ!」と俺の背中で彼女も叫び返し、手足をジタバタさせた。
一ノ瀬は軽いと言っても上り坂だとかなりキツイ、俺はラストスパートをかけ早足で皆の元に着くと一ノ瀬を地面に降ろして息を整える。
やっと建物の門の前に揃った全員、目的地まで10メートルの所で花蓮が「作っ! 私、動けない!」と俺の背中に飛び乗った。
俺は前に転びそうなのを必死に堪え、何とか体制を整えると背中のお転婆に叫んだ。
「何考えてんだよ! 花蓮」
「だってジェラっちゃったんだもん!」
「何だよそれ? だいたい恥ずかしいだろ! こんな店の前で」
「入口まででいいから、ねっ?」
花蓮は俺の背中で可愛らしく甘えた声を出して誰にも見えないように俺の頬にさりげなくキスをした。
その瞬間、俺は雷に撃たれたように体が痺れた。バ、バカッ! 皆にバレたらどうすんだよ!
「千里ちゃんはジェラんないの?」
レオナが千里の横で真顔を向ける。
「ええ、別に……」
「さすが正妻は違うなぁ。なんか、『私もっと色んなことしてます』的な貫録を感じるよ」
「な、何言ってるんですか、レオナさん!」
声を上ずらせ、焦った表情の千里が否定するように声を張る。
「うーん、図星だったか……」
レオナは一人納得したかのようにニヤニヤして千里を眺めた。
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