第77話 戦果報告

 昨日、千里と一緒に考えた秘策。こんなことで大人を説得出来るなんて端から思ってはいない。

 だけど……バツイチ親父の可愛い一人娘を嫁に寄越せと働いてもいない学生に言われれば大いに困惑するだろう。この先の展開ははっきり言って分からない、ただ、家族をないがしろにして好き勝手に生きてきた大人に抗いたい、それだけだ!

「来年の僕の誕生日に千里さんと入籍させて下さい!」

 俺は居間に響くくらい声を張り頭を下げ続ける。

「君は本気で言ってるのか? 千里! お前、本気なのか⁉」

「本気です! もう、お父さんの好き勝手になんてならないからっ! 私は作クンとずっと一緒に暮らしたい!」

 千里は大きく手を振り乱して父親に思いをぶつけた。

 彼女の父親は額に手を当てて大きくため息を付き、ソファーにドカッと座った。

「悪かった、千里……。お前は暫くここで暮らせ」

「お父さん⁉」

 千里は目を見開いた。

「だが一つ言っておく! 結婚は別だ! お前も一時的な感情で言っているんだろう? 結婚とはそういうものじゃぁ無い、生きて行く責任が伴う。作也君も分かっているだろう? 一人前に稼げるようになって、本気で千里が好きなら迎えに来なさい、君は親父さんに似て面白い男だな……気に入ったよ」

 千里の父親は立ち上がると居間のドアに向かい背中で言った。

「父さん、帰るからな。千里、あまり藍沢家に迷惑は掛けるなよ」

「はい、ありがとうございます。お父さん……」

 深々とお辞儀をした千里は泣きそうな顔で微笑む。

 俺も床から顔を上げ、背中に声を掛ける。

「お父さん、生意気言ってすみませんでした」

「作也君、面白かったぞ。いつか千里を迎えに来る男が君であることを願うよ」

 フッっと笑い声とも息とも分からない声を吐いて彼女の親父さんは家を出て行った。

 玄関のドアが閉まり、車が遠ざかる音を聞いていた俺たち。千里は嬉しそうに俺に微笑んで首に腕を回すと耳元で囁いた。

「やったね、作クン!」

「ははっ……こんなに上手くいくとは思わなかったけど」

「ねえ作クン! 来年ホントに私をお嫁さんにしてくれるんですか?」

「えっ……! そ、それは……」

 困惑する俺に千里は「冗談ですよ」と微笑みを向ける。

 千里は俺の顔を間近で見つめ、可愛い顔でパチパチと瞬きをするとチュっと可愛くキスをして二階に逃げて行った。

 千里……。俺は自分の唇を指で撫で昨日の濃厚なキスを思い出し、胸がキュンキュンと痛くなった。ヤバい……俺、もう……平常心じゃいられないかも知れない。



「えっ? お父さん追い返したの? どうやって!」

 学校から帰って来た花蓮は一目散に家に駆け付け、居間に転がり込んでいた。

「そ、それは……」

 俺は言葉を濁す。

「作クンが私と結婚するからです!」

 千里が花蓮にニッコリと微笑んだ。

「は……?」

 花蓮は背中から床に倒れ込み、背後にいたレオナと一ノ瀬が咄嗟に支えた。

「ちょ! 花蓮ちゃん⁉ だ、大丈夫⁇」

「お、重いーっ!」



「冗談だって、そんなに驚かなくてもいいだろ?」

 ソファーに寝かされた花蓮は額に濡れタオルを乗せられていた。

「ごめんなさい、卒倒するとは思わなくて……」

 千里がしゃがみ込んで花蓮の顔を覗き込む。

「べ、別に結婚に驚いた訳じゃないし! ちょっと体調悪かっただけだから!」

 花蓮はプイッと顔を背けた。

「え? あんなに元気だったのに体調悪かったの?」

 レオナの言葉に花蓮は「うるさい!」と大きな声を出した。

「でも藍沢、お父さんに結婚するって脅迫したのはホントなんだよね?」

 一ノ瀬は俺と千里を真剣に眺めた。

「本当だけど、本気じゃないってすぐにバレたよ」

「ふーん……。じゃあさ、藍沢。私と結婚して欲しいんだけど!」

「は? な、何言ってんだよ一ノ瀬っ!」

「だって本気じゃ無いんでしょ?」

「ちょっと! 加奈子! アンタ作のこと好きなの⁉」

 花蓮がソファーから飛び起きて一ノ瀬の体をガクガクと揺らす。

「うん、もうキスしたし」

「えっ……。作っ! アンタねぇ!」

 花蓮は額のタオルを床に落としながら俺の顔に顔を近づけ歯をギリギリと噛みしめて睨み付ける。

「ちょ、ちょっと待て。話せばわかる!」

「分かんないっ! だいたい私が作と結婚することになってるでしょ? 幼稚園の時誓ったじゃない! 私の体全てを見といて結婚破棄するつもり⁉」

 ドスドスと足音を立て、威圧してくる花蓮に俺は後ずさる。

「見たって言ったって、それはガキの頃だろ!」

「見ただけじゃない! 触ったんだよっ!」

「いや……だから……意味深なこと言うなって!」

 俺は壁に追い詰められ、思わず目を逸らす。

「意味深って何よ! あそこ見たじゃない!」

「花蓮ちゃん、体調悪かったんじゃなかったっけ?」

「あ……そうだった……なんか具合悪い」

 思い出したかのように膝に手を付く花蓮。

「花蓮ちゃん、もうそういうのいいから」

 レオナは苦笑いを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る