第76話 決意
俺の親父が頬を震わせて笑いを堪えている。
「いやー、この光景昔見たな! 有希さんがキレた時にソックリじゃねえか!」
千里の父親の背中をバシバシと叩いている親父は何故か嬉しそうだ。
「いやいや、おじさん、今の千里ちゃんのキレ方尋常じゃないから!」
レオナが唖然として言った。
「君は?」
千里の父親が聞いた。
「川崎レオナ、千里ちゃんのお友達!」
なぜかモデルのようなポーズを決めるレオナ。
「おおー、君が川崎さんか! どう? 家の住み心地は?」
「作也のお父さん? 快適だよ?」
レオナは右手を差し出して親父と握手をした。
「あれ? そこに居るのはもしかして花蓮ちゃん?」
親父が背伸びしてレオナの後ろを見る。
「お久しぶりです、花蓮です」
頭を下げた彼女に親父は「花蓮ちゃん、綺麗になったなぁ」と笑顔を見せた。
俺はその隣でオドオドしている一ノ瀬を親父たちに紹介して直ぐに二階に向かった。
千里の部屋のドアに近づくと中から彼女の泣き声が聞こえ俺は足を止めた。
千里が帰るって事は離れ離れになるって事だ……。そんなのは嫌だ、だけど……俺にはどうにも出来ない。
「千里?」
俺はドアの外から彼女に呼びかけた。
部屋の中からすすり泣く声は聞こえるが、俺の問い掛けには答えてくれない。
少し落ち着くまで待つか……。
千里の父親は帰り、俺の親父も部屋が無いからと言ってどこかへ行ってしまった。
千里が居なくなる……。受け入れ難い俺たちは親父たちが帰った後に居間で話し合い、どうにか出来ないか考えを巡らせたが答えは出ず、花蓮、レオナ、一ノ瀬が彼女の部屋に出向いたが話は出来ずじまいだった。
花蓮は家に帰り、俺は自室に籠ってベッドに寝転んで呆然と天井を眺めていた。
『明日迎えに来る』、そのセリフが俺の頭から離れない。余りにも急だ、千里のことなど何も考えていないじゃないか! どうせ数か月もすればまた海外に出かけるに決まっている、そしたら千里はどうなるんだ? また都合よく預けに出されるのか? そんなのまるでペットじゃないか? 俺の心の中でモヤモヤと黒いものが沸騰するのを感じる、こんな理不尽な事は無い。
俺は段々頭にきて部屋を飛び出し、気がつけば千里の部屋のドアをノックしていた。
「千里、話がしたい! 開けてくれないか?」
部屋の中でカタカタと音が聞こえた、「千里? 開けていいかい?」、俺は再び呼び掛ける。
「えっ? ま、ま、待ってください! 今、開けますから」
バタバタと中から音が聞こえたかと思うと千里が部屋のドアを小さく開けた。
目元が腫れている千里は一瞬俺と目を合わせると直ぐにそらして俯いた。
まだ制服を着たままの千里に俺はそっと聞いた。
「中に入ってもいい?」
ピクンと体を動かした千里は俺を見上げ、暫く黙っていが俺の手を握りしめ部屋に通してくれた。
「千里……君の気持ちが知りたい」
俺の問いかけに千里は手を離して背中を向ける。
「私は作クンの気持ちが知りたいです……」
「え……? そりゃ行かないで欲しいけど……」
「どうしてそう思うんです?」
「だってそんな急に……嫌だよ……会えなくなるのは……」
千里は背中を向けたまま黙っている。
「言ってくれないんですね……」
クルッと振り向いた千里は無理に作ったような笑顔を俺に向けた。
「明日……帰ります……」
そう言った彼女は少し寂しそうな顔で俯き、「荷造りしないと」とクローゼットを開けた。
「……だ」
声にならない声が俺の口から漏れ、千里が「はい?」と振り返って首を傾げた。
「嫌だ、千里が居なくなるなんて!」
俺は千里を強く抱きしめた。柔らかい彼女の体は物凄く細くて花のような甘い香り、ずっとこうしていたい、時が止まってくれと願いたくなるほどに。
「さ、作クン!?」
体を強張らせている千里、もしも俺の気持ちが的外れならここで終わってしまう、だけど……。
「好きなんだ、千里が……君を離したくない……」
千里の体から力が抜け、彼女は俺の背中に腕を回して潤んだ瞳を俺に向けた。
「作……クン、私……作クンのこと……愛してます」
二人はお互いに顔を近づけ、唇を重ねた。
脱力した千里は床にペタン座りになり、俺と何度も唇を合わせ、息が荒くなる。
「千里……」
唇を離し、俺は彼女を見つめ再びキスをしようとした時、「もうダメだよ!」と千里は俺の顔の横に頬付けして逃げるように俺を抱きしめた。
「私たちは健全なお付き合いをするんだから……」
翌日、午前中。
俺と千里は学校を休んで居間で彼女の父親と対峙していた。
「帰らないって? なに意地張ってるんだ千里!」
「勝手なことばかり言わないでよ! 私の気持ちも知らないで!」
千里は声を荒げ、掴まれた手を振りほどく。
「お父さんなんて大嫌い!」
大きくため息をついた親父さんは俺に言った。
「作也君、君も説得してくれないか?」
「お父さん、そのことでお話があります」
「話? 何だね?」
鼓動が早くなるのを抑えきれない、緊張で口が乾き、俺は一度大きく唾を飲み込む。
「僕に千里さんを下さい! 僕たち結婚します!」
居間に沈黙が流れ、写真のように誰も動かない。
「…………はあ!?」
俺の言葉に親父さんは顎が外れそうなくらい愕然とした反応を見せた。
「な、何バカなこと言ってるんだ君は! そんなの駄目に決まってるだろ! だいたい学生だし、結婚出来る年齢でもないのに!」
「本気です! 千里さんを僕に下さいっ!」
俺は床に手をついて頭を下げだ。
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