第75話 訪問者
「藍沢ーっ! ど、どうしよう……また告られちゃった……」
一ノ瀬が小走りで俺に近づいてきた。
「え? 凄いな! もう3回目じゃないか? OKしたのか?」
「は? するわけないじゃん! 私、好きな人いるもん!」
放課後、彼女は靴箱の前で俺の顔を真っ直ぐに見つめ怒り顔で頬を赤らめた。
一ノ瀬がイメチェンして登校してから4日。今、校内で一番旬な女の子として注目を集めている彼女の前に次々と現れる挑戦者たち。可愛くて気弱そうな一ノ瀬は難易度が低いと思われているらしく強引な誘いも結構あるらしい。まだ皆は知らない、一ノ瀬はかなりクセの強いキャラだと言うことを。
「可奈子はモテてる間にいい男早く見つけなさいよ!」
俺の傍で靴を履き替えた花蓮は一ノ瀬の肩を抱き茶化した。
「三島こそ2号なんだから早く藍沢のこと諦めなよ」
一ノ瀬が花蓮に反撃の言葉を浴びせる。
「はぁ? 今なんてった?」
「2号」
「アンタはーっ!」
「怖ーっ、逃ーげろー!」
一ノ瀬はあっという間に可憐の前から逃走した。
俺の前で大きくため息をついた花蓮は俺の顔をジッと眺め、「私って2号なの?」と真剣に聞いてきた。
「いや、そのだな……」
「ちょっと来て!」
花蓮は俺の手を引っ張りグイグイと前を歩いて行く。校舎裏の体育用具室のスライドドアを勢いよく開けると中に俺を押し込んて扉を閉めた。
「なんだよ! 駐輪場で皆が待ってるだろ?」
花蓮が男だったら俺はここでボコボコにされるだろうけど、きっと彼女は俺に怒りを口でぶつけるのだろう。
「作は私のことどう思ってるの?」
「どうって?」
「とぼけないで……」
花蓮は怒りと悲しみが綯い交ぜになった表情でいきなり俺の胸に抱きついた。
薄暗い室内に換気口から光が差し込んで、花蓮の横顔を照らしている。長いまつげが影を作り、濡れた瞳がキラキラと輝いて俺の目を見つめている。
「好きなの? 嫌いなの?」
「それは……」
花蓮は押し黙った俺の手を掴んで自分の小さな胸の膨らみに当てた。
「ちょ! 花蓮っ!」
俺の全身に電気が走り、一瞬でくらくらするほどの血圧の上昇を感じる。
「分る? 私のドキドキ……」
夏服のシャツから伝わる彼女の早い心音と胸の柔らかさ、そして体温。
「私、作になら……」
花蓮の鼓動が更に早く感じる、だけど俺の鼓動も爆上りしてその振動が彼女から発しているのかが分からなくなる。
言葉を止めて俺を見つめる花蓮。その時、外から話し声が聞こえて来た。
「あー面倒くせぇ、早く来なきゃよかったよ」
「言えてる」
誰かがここに近づいて来る、俺と花蓮はビクッとして物陰に身を潜めた。
用具室の扉が開き、誰かが入って来てゴソゴソと何かを運び出している。
「外池先輩マジ、ムカつかね?」
「ああ、何なんだよあの態度!」
扉が開け放たれたまま部活の準備をしている生徒が去って行き、俺と花蓮は安堵の表情を浮かべ扉の外を警戒しつつ外に出た。
「か、花蓮……行こうぜ」
「うん……」
ドキドキが収まらない、花蓮が言いたかったことは分かる。あの時、誰も入って来なかったら俺たちはどうなっていたんだ……。
駐輪場に向かった俺たちを待っていた一ノ瀬とレオナと千里はこちらに気付いて怪訝な顔を向けた。
「遅いなぁ、何やってたの?」
レオナが片手を腰に当て、まったくと言った態度で不満を示す。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってて……」
花蓮が適当に誤魔化した。
「あれ? さっき行って無かったっけ?」
「えっ? そうだっけ?」
「怪しいなぁ。もしかして花蓮ちゃん、抜け駆けしてたのかな?」
レオナがウヒヒと笑うと、「そんなこと無いからっ!」と花蓮が大きな声で反論した。
「何それ? そんなに怒んなくても……もしかして図星だった?」
「バ、バカじゃないの? そんなんじゃないから!」
花蓮は声を上ずらせながらカバンを開け、自転車の鍵を取り出した。
「はいはい、もう聞かないから。じゃ、帰ろっか?」
レオナは自転車に跨った。
自宅に帰ると家の前に見慣れない車が一台停まっていた。何だこの迷惑駐車は……俺たちはその邪魔くさい車を避けながら家の敷地内に自転車を押して停め、家の中に入ると玄関内に知らない靴が二つ並んでいた。
「誰でしょうか? お客さん?」
千里が不審げに首を傾げる。
これってまさか……。俺は急いで居間に向かいドアを開けると思っていた通りの人物がソファーの上に居た。
「おう、昨也! 帰って来たぞ!」
白いハーフパンツからすね毛の汚い足を出し、へらへら笑うオッサン、顔は日焼けで真っ黒だが忘れもしないふざけた顔に苛立ちが募る。
「親父!」
親父の向かいに座っていた男性が立ち上がり、俺に笑いかける。
「あ? 君が作也君? はじめまして。千里が世話になったね? 私は千里の父親の見田園竜彦だ、宜しく」
「始めまして、藍沢作也です」
俺は千里の父親と握手をした。
「お父さん⁉ 何で?」
千里が居間に入って来るなり驚きの声をあげ、瞳を震わせている。
「スポンサーが見つから無くてな、だから帰って来てお前を迎えに来たんだ」
「迎えに来たって……なにそれ……?」
「長い間留守にして悪かったな、家に帰るぞ」
「なになに? どうしたの?」
レオナが居間のドアからひょこっと顔を出して様子を伺う。
「帰る? 家に……? いつもそうやって勝手な事ばかり……だからお母さんに逃げられるんだよ!」
千里は怒りで声を震わせた。
「それは関係ないだろ、明日迎えに来るからそれまでに準備しておいてくれ」
「そんな……」
千里は髪の毛で顔が見えなくなるほど深く俯いて肩を震わせている。
「千里?」
彼女の父親が肩に手を乗せると、千里はその手を勢いよく弾いて叫んだ。
「バカっ! 死ね! クソ親父っ!」
歯をギリギリと噛みしめ、涙目で父親を睨み付けた千里は居間を飛び出して二階に駆け上がった。
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