第73話 報告

 よそよそしさが半端ない。家に帰って来た俺たちは食卓を四人で囲み言葉少なく食事していた。

 千里は皆の様子を伺うようにチラチラと視線を動かしてみそ汁を飲んでいる。一ノ瀬は俺の隣に座り、いつもより俯いて誰とも視線を合わせないで箸を動かす。

 レオナは何か居心地が悪そうな感じで口を尖らせて頭を掻いている。

 無言の時間に痺れを切らしたのかレオナが大きくため息をついた。

「千里ちゃん、今日の話聞きたい?」

 レオナが隣に座る千里の顔を伺うように覗き込んで笑う。

 その言葉に俺と一ノ瀬はギクリと視線をレオナに向ける。

「聞きたいです!」

 千里はレオナを見ずに焼き魚を箸でほぐしながらムスっとして答えた。

「千里ちゃんは薄々気づいてると思うけど今日作也と遊園地行ったんだ。尚君と一ノ瀬ちゃんもね?」

「ちょ! レオナ!」

 ギロリと千里は俺を睨んだ、その瞬間俺の体が硬直する。

「続けて下さい」

「でもね、これって千里ちゃんをのけものにしたんじゃ無くて、私と尚君をくっ付けたくて作也が画策したデート企画なの」

「そんなの上手くいくわけ無いですよ、やる前から結果は見えてますし」

「そうなんだけど……私じゃない方に結果が出ちゃってさ……」

「なんですか? それ」

「ね? 一ノ瀬ちゃん?」

 レオナは一ノ瀬に向かってグリーンの瞳でウインクした。

「えっ? な、な、何のこと?」

 一ノ瀬は口をワナワナさせる。

「とぼけちゃって!」

「一ノ瀬さん、教えて下さい」

 千里はにっこりと一ノ瀬に微笑んだ。怖っ! 何この作り笑い!

「千里、来週――」

「作クンには聞いてません!」

 ピシャリと俺の言葉を遮り、一ノ瀬を見つめる千里の真剣さに食卓に沈黙の時間が流れた。

 一ノ瀬は震えた息を静かに吐き、観念したかのように千里に微笑して口を開いた。

「わ……私…………藍沢のことが好き! 今日告白してキスしちゃったし……。見田園さんが藍沢の正妻なことは見てればわかるよ、三島が二番手なのも……、私が負けヒロインなのも自覚してる、でも負けヒロインにだって良いシーンは訪れるから……正妻を脅かす存在になるんだから……」

 一ノ瀬の精一杯の宣戦布告は途切れ途切れ。でも、千里には重かったのか驚きの顔を見せて口をパクパクさせているが言葉が出ないみたいだ。

「うわーっ……一ノ瀬ちゃんも言うね?」

 自分で誘導しといて何言ってんだよ、レオナ……。

「へ、へーぇ? 告白とキスですか? ど、どうせ作クンのことだから石化して答えも言わないズルい対応したんじやないですか?」

「見田園さんっだってズルいよ! ホントは藍沢独占したいくせに! 正妻の余裕かわかんないけど何も与えないで尻に敷いてるし!」

「そ、そんなことありませんっ!」

「ストーップ! そこまでだよ一ノ瀬ちゃん。千里ちゃんは作也のことを思って独占してないんだよ、作也の人間関係が壊れちゃうからね。作也だってホントは全員と上手くやりたんだよね? 永遠とモテて誰も傷つかない世界を構築して楽しく暮す……そうでしょ?」

「俺って最低だな……」

 視線を落とした俺は皆を直視できない。

「良いんだよ、それで。誰も泣かない世界って素敵じゃない? そしていつか卒業を迎えバラバラになって甘酸っぱいエンドを迎える……。それは誰のせいでもなくてタイマーが鳴るまで楽しめるエンタメであってアトラクション……。学生の私たちはスモールワールドで生きていて、その中で平和に暮らさなきゃいけない。だから安全策を取るんだよ、そうでそょ?」

 レオナは千里をチラリと見た。

「そんなの考えすぎですよ、そんなに私は計算高く無いです。でも、やっぱりこの世界を維持したいってのはあるかもしれません……」

 友達以上恋人未満、そんなベタな言葉がお似合いの俺を取り巻く関係。レオナの言う通りだ、誰も傷つきたくないから核心を突かないで牽制し合う。複雑なパズルはいとも簡単に嵌らなくなりそうだけど、残されたピースが少なくなるほど誰もが完成をためらって手を止める……。

 いつかは必ず終焉を迎える俺たちの関係、だけど怖くて先に進めない。そう、俺たちはズルいんだ。



 翌日、朝。

「おはよう、藍沢! 朝ごはん作ってみたんだ、口にあうと良いんだけど……」

 キッチンで振り返った一ノ瀬は制服姿でぎこちない笑顔を作る。

「お、おはよう……」

 俺も観覧車でのキスを思い出してぎこちなくなる。

 ショートカットの一ノ瀬は正直可愛い、お世辞にも良いデザインでは無かった眼鏡を外し二重瞼の目を細める色白の顔。スカート丈は膝上になっていて彼女としては冒険が過ぎるイメチェンだ。

「そ、そんなに見られると恥ずかしいんだけど……かなり無理してるから」

 上目遣いで頬を赤らめコーヒーカップを食卓に置き、俺に座るように促す一ノ瀬。

「クラスの皆は驚くだろうな」

 俺が椅子に座ると彼女はホッとサンドを包丁で斜めに切って皿に乗せ、テーブルに置いた。

「藍沢ぁ……私、今日学校行きたくない……」

 一ノ瀬は自分の胸に両手を乗せ、俯いた。

「イメチェン、後悔してるのか? 可愛いから心配するなよ」

「ちょっとやり過ぎだったかも……。もっと小出しにすれば良かったよ」

 俺から顔を逸らし、彼女は小さい声で口を尖らせる。

「大丈夫だって、皆に茶化されたら俺が援護してやるから」

 ピクンと体を動かした一ノ瀬は顔を上げて俺にすがるように訴えた。

「ホント? 絶対だよ?」

「約束するって!」

「うん……。藍沢には責任取って貰うから!」彼女はそう言って俺に近づくと前屈みになって更に耳元で囁いた。

「こんな私にさせたのは藍沢なんだから!」

「おはようございます、作クンっ!」

 背後で千里の声がいつもより大きく聞こえ、俺は身体をビクッとさせて振り返った。

「えっ? 何その恰好⁉」

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