第72話 観覧車
レオナが俺たちを先導し、次々とアトラクションを楽しむ。
俺たちは、ただただ笑い合って子供のように遊園地を駆けずり回り、時間を忘れ気が付けば夕方になっていた。
一ノ瀬はレオナと尚泰に打ち解けたのか、自ら話しかけていて少し安心した。
なんとなく疲れた俺は屋内施設にテーブルが見えたので休まないかと皆を誘ってみる。
言い出しっぺの俺が皆の食べたい物のオーダーを取り、丸テーブルを囲むように先に座った三人に軽食を幾つか買って「お待たせ」と言って席に着く。
「甘いの食べたーい!」
レオナはぐてっとした体を起こし、俺に手を伸ばす。
俺はご希望の品を皆に手渡した。レオナはさっそくチュロスを咥え、一ノ瀬はたい焼きを頭から小さくかじる。俺と尚泰はフライドポテトを手に取った。
「なんか凄っげー疲れた」
尚泰がバクバクとポテトを口に放り込み、コーラで胃に流し込む。
「俺、実はここまで楽しめると思って無かったんだ」
皆を見渡して、俺は本心を呟いた。
「まあ、このメンバーって知った時はどうなるかと思ったけど十分楽しかったよ。一ノ瀬ちゃんとも仲良くなれたし!」
レオナはテーブルに頬杖をついて皆と目を合わせる。
尚泰……結局レオナと急接近って訳には行かなかったみたいだけど普通に友達関係にはなれただろうからいいだろ?
「私も楽しかった、こんな事したこと無かったし」
一番の収穫は一ノ瀬が楽しんでくれたこと、これに尽きる。
「そろそろお開きって時間だけど、最後に観覧車に乗りたい!」
レオナがガラスの外を細い腕を伸ばして指差した。
観覧車の麓についた俺たちが階段を上がろうとした時、尚泰が言った。
「ちょっと待て! 二人ずつで乗ろうぜ!」
「えーっ? なにそれ? 四人で良くない?」
レオナが面倒くさそうに眉をひそめる。
「そんなの普通で面白く無いだろ? じゃんけんで決めようぜ!」
尚泰、賭けに出たようだがレオナと乗れる保証は無いだろ?
「さ、早く! じゃーんけーん……」
尚泰は拳を振り上げた。
「よっしゃー! じゃ、俺レオナと乗りたい!」
奇跡的に尚泰が勝利し、思惑通りレオナを指名する。
下心見え見えの態度にレオナは若干引きつつ俺をチラ見した。
「はぁ、分かったわよ……。昨也、朝言ったこと覚えてるよね?」
レオナが電車内で俺に言った『誠意』の言質を取る。
「分かってるよ」
「何だよ? 何かあったのか?」
「大した事じゃねえよ、じゃ、乗るか?」
俺たちは観覧車乗り場に向かう、先に尚泰とレオナがゴンドラに乗り込み、次のゴンドラに俺と一ノ瀬が乗った。
外から鍵か掛けられ、密閉空間で向かい合う俺と一ノ瀬。観覧車はゆっくりとした速度で高度を上げて行き、夕方のオレンジ色が眩しく俺たちを照らす。
観覧車の客はまばらでほとんどのゴンドラ内は空だった。尚泰、今頃必死だろうな……。
俺は遊園地が段々小さくなるのを眺めていると、一ノ瀬の緊張した声が聞こえた。
「藍沢……」
模型のような地面を眺めていた俺は彼女に視線を向けた。
「私ね、実は藍沢に誘われてすっごく嬉しかった。こんな私が友達と遊園地で遊ぶとか一生ありえないと思ってたから……だから、前の日は寝れなくてちょっと寝不足で……」
「俺も一ノ瀬が来てくれて嬉しかったよ」
「藍沢、今日はありがとう。キモい私を誘ってくれて」
「だからキモいだなんて一度も思ったことないって」
「ホントに? 嫌じゃ無い?」
「無いって。一ノ瀬、こちらこそ今日は付き合ってくれてありがとな、また今度遊びに行こうぜ」
「うん……」
急に一ノ瀬は瞳を潤ませ、大粒の涙をこぼし始めた。
「な、何? どうした?」
俺は驚いて中腰になり、一ノ瀬の顔を覗き込んだ。
「嬉しくて……だって今日が終わっちゃう、遠い思い出に変わっちゃうって思ってたから……」
手で涙をぬぐう彼女の姿に俺は居ても立っても居られなくなり、一ノ瀬の隣りに座って彼女の後頭部を軽く撫でた。
「ねえ、藍沢……」
一ノ瀬は俺をジッと見つめて顔を近づける。
「なに?」
「作也君…………好きです」
一ノ瀬は俺の唇にキスをした。
は? 頭か真っ白になる……何で? 何でこうなった?
数秒で唇を離した一ノ瀬は頬をピンク色に染め、俺と視線を合わせたまま動かない。観覧車が軋み音を響かせ、ゴンドラが天辺に差し掛かる。
「あ、藍沢……ごめん、体が勝手に動いちゃった……」
「一ノ瀬……」
俺は混乱して言葉が出なくなった。
「あ、藍沢が悪いんだからね! 私にすっごく優しくするからっ! あーもう! 絶対負けヒロインなの分かってるのに! 恥ずかしいっ!」
一ノ瀬は席を立ち、向かいの席に背を向けて座り、俺から逃げるように外を眺める。
「一ノ瀬、何で俺なんか――」
「あーっ! ここから出して! 何で私こんな逃げられないところで告ったんだろう? バカバカ! もう、最悪っ!」
「ちょ……落ち着けって」
「やだやだ、何も言わないで藍沢! それ以上言うならっ!」
一ノ瀬は立ち上がって床を蹴り始め、ゴンドラを大きく揺らす。
「うわっ! 何考えてんだよ! 危ないから止めろって!」
「じゃあ、黙ってて!」
「分かった、分かったから!」
観覧車が下に着き、スタッフが外から扉を開けると一ノ瀬は逃げ出すように外に出て、そのまま階段を下りて視界から消えた。
一ノ瀬……それってヤリ逃げだぞ。俺はゆっくりと外に出て階段を下りるとレオナと尚泰がニヤニヤしながら俺と一ノ瀬を眺めていた。
「何だよ……」
「何だよじゃねえだろ?」
「一ノ瀬ちゃんも案外大胆だね?」
「へっ?」
「キスした瞬間、ゴンドラ横並びだったから丸見えだったよ? そこらへん、ちょっと気にして欲しかったんだけど!」
「……っ!」
一気に顔はおろか全身を紅潮させた一ノ瀬はその場に倒れそうになり、俺は必死に彼女の体を受け止めた。
「おい! 大丈夫か? 一ノ……失神してる⁉」
「ちょっと! 大丈夫⁉」
観覧車の麓に大声が響き渡った。
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