第71話 デート気分

「それじゃ、あそこ行こうぜ!」

 俺は一ノ瀬の手を掴んでミラーハウスに連れて行く。

「あ、藍沢⁈」

 一ノ瀬は焦って俺に横並びになり、俺の顔を覗いたかと思うと微笑んだ。

「藍沢って優しいよね……」

「俺、一ノ瀬にもっと笑って欲しい。ここでも、学校でも。だから俺に協力出来ることがあったら遠慮なく言ってくれないか?」

「う、うん……」

 彼女の掴んだ手のひらに汗がにじむ、だけど掴んだ手はそのまま、いつもと違う雰囲気の一ノ瀬の緊張感が俺に伝わって来る。

 ミラーハウスの入り口に立った俺たち。客は二人だけ、不人気スポットだけど貸し切りは特別感が漂う。

「競争しよっか?」

 中に入った一ノ瀬は俺の手を離し、別方向に歩き始めた。

「オッケー! 出口で待ってるぞ!」

 久々のミラーハウス、ガキのころ母親と入ったのを思い出す、病弱だった母さんは余り出掛ける事も無く俺には大切な思い出の一つだ。

 ガキのころは出口を探すのに一苦労して半べそ状態だったっけ、俺は一人で鏡の中でほくそ笑む。静か過ぎる鏡の空間は子供にっとっては怖い感覚がある、鏡の中に悪魔が居るなんて本気で思って段々と恐怖が増幅し、母親の背中にしがみ付いた甘美な思い出がよみがえる。

 でも、今の俺には簡単すぎてものの数分で出口に到達した。

「俺の勝だな……」

 一人で呟き、出口で一ノ瀬を待つ。

 外で待つこと数分、「遅くね? 一ノ瀬……」

 俺は出口から中を覗き込む。

「あれ? 何で? 藍沢ぁ……」

 焦った声が中から聞こえる。

「何やってんだ? あいつ……子供かよ」

 俺は出口から逆走し、一ノ瀬を探す。

 トコトコと足音が聞こえるから彼女は近い、俺は「一ノ瀬?」と見えない人に声を掛ける。

「藍沢ぁ、出られないんだけど」

「はぁ? マジかよ。床見たらすぐ出られるぞ、鏡見てないで床見て歩け」

「そんなこと言ったって……」

 鏡に映る一ノ瀬の姿、だけど会えない。俺は立ち止まって彼女の気配を探る。

 足音が近づき、彼女の背中を見つけた俺は、トントンと背中をつつく。

「ぎゃっ!」

 飛び跳ねた一ノ瀬は振り向いて俺の胸をバシバシと叩いて怒った。

「もう、脅かさないでよ!」

 目じりに涙をためた一ノ瀬はショートカットを振り乱して大きな声を出した。

「ビビり過ぎだって!」

 俺は可笑しくなって前屈みになって笑う。

「だって不気味だし……。出口まで案内してよ、藍沢」

「いいよ」

 俺が一ノ瀬に手を差し出すと、彼女はギュッと手を掴んだ。


「なんかドキドキしちゃった! こんな感覚初めて……」

 出口で一ノ瀬は自分の胸に手を当て、俺を見つめて微笑んだ。

「次はどうする? レオナたちはまだ乗ってないみたいだし」

「うーん。じゃ、あれ乗りたい!」

 一ノ瀬は俺の背後を指差した。

「メリーゴーランドか? 懐かしいな」

 家族連れに混じって順番待ちの列に並ぶ俺と一ノ瀬、快晴のなか彼女はスマホで写真を撮っている。

「写真撮ろうか?」

 俺は彼女に手を差し出した。

「ううん、いいよ。私、写真写り悪いから……」

「何だよそれ? じゃぁ、俺がバシバシ撮ってやるから。そしたらいい写真の一枚や二枚見つかるだろ?」

「そんなの……なんか恥ずかしいし……」

「任せとけって」

 入り口の白い鎖が外されメリーゴーランドの中に入った俺たち。一ノ瀬は白い仔馬に跨り、俺はその隣の馬に乗り込んでお互い目を合わせる。

 ブザー音が短く鳴り、メリーゴーランドがオルゴールの音と共にゆっくり回転し始める。馬はフワフワと上下動を始め、俺は一ノ瀬の顔に光が当たった時にスマホで写真を何度か撮った。

 彼女は何も言わず、ただ満足そうに微笑んでいる。

 良かった、今日は一ノ瀬を連れて来て。少しでも気分転換になってくれれば良いのだけれど……。俺は本来の目的である尚泰とレオナの仲を取り持つことなど忘れ、彼女を見つめ続けた。


 ケラケラ笑いながらレオナが近づいて来る、その後ろで両ひざに手を付く尚泰の影。

「やべぇ……吐きそう」

「ちょっと、やめてよ?」

 レオナが尚泰の背中を触り、屈んで顔を伺う。

「良かった、やっぱ乗らないで……」

 一ノ瀬が若干引きながら尚泰を見つめる。

「一ノ瀬ちゃん、撮って!」

 顔の青い尚泰の横でピースサインのレオナが屈んだまま笑顔を作る。

 写真を一枚撮った一ノ瀬にレオナが送ってとスマホを持った手を振る。

「あっ、私、送り先無いし……」

「じゃ、交換しよ?」

 レオナは立ち上がるとスマホにQRコードを表示して一ノ瀬に見せた。

「ど、どうするんだっけ?」

「へ? マジで言ってんの? お年寄りかっ!」

 レオナは笑って一ノ瀬のスマホの画面をいじる。

 スマホに届いた写真に爆笑するレオナは尚泰にその画像を送り、弱っている尚泰のポケット内でピコンとスマホの音が鳴った。

 レオナが一ノ瀬にスマホを見せ、写真を楽しんでいる陰で俺は尚泰に耳打ちする。

「おい、カッコいい所見せるんじゃねえのかよ? 立てって、レオナのミニスカ姿は貴重なんだぞ」

 レオナはいつもは短パン、しかも短すぎてハミパン尻肉まで無防備に見せ、俺を困らせていたが逆に見えないってのがすっげー気になってしまう。

 でもこれって俺と二人きりだと思って選んだ服なんだよな……。何だよレオナ、俺に可愛い所見せたかったのか? いや……それは思い過ごしだろう、彼女は俺に好意は見せない。ただ、からかうだけだ。

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